ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Beatty の “The Sellout” (1)

 2015年の全米批評家協会賞 (National Book Critics Circle Award) 受賞作、Paul Beatty の "The Sellout" を読了。P Prize. Com の予想では、今年のピューリッツァー賞レースでも最有力候補だった。さっそくレビューを書いておこう。(追記:本書はこのあとブッカー賞を受賞しました)

[☆☆☆★★★] アメリカにおける人種差別の現実をコミカルに諷した快作。おなじみのテーマだが、差別をサカナに笑いのめしてやろうというタフで自由な精神が随所に読みとれ、彼の国の実情にくわしい読者ほど楽しめるものと思う。主な舞台はロス。主人公の黒人男は自分の生まれ育った街が区画整理で消滅したことに憤慨。昔のような黒人街を復活させるべく、旧知の黒人男のたっての願いで彼を奴隷にする。ついで公立高校に働きかけ、黒人だけ受けいれるようにして白人の逆差別に成功。この奴隷制実施と人種差別で告発された男は最高裁まで争うことに。といった荒唐無稽な筋だてから次第に浮かびあがってくるのは、オバマ大統領誕生後も厳然として存在する差別の現実はもとより、その現実を知りながらタテマエでは法のもとの平等を唱えるアメリカ人全体の偽善的な態度である。そうした本音とタテマエの矛盾が風刺の対象となっているのだ。しかも風刺を通じて、人間とは結局、不平等という欠陥をもった不完全な存在たらざるをえない、という苦い真実さえ見えてくる。この厳しい現実を直視し笑い飛ばすことは、同時にまた、不平等な社会のなかで自分のアイデンティティを確認ないし確立しようとする行為でもある。本書を読んでげらげら笑っているうちに、いや待てよ、と考えこんでしまったアメリカ人読者も多いのではないだろうか。