ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Beatty の “The Sellout” (3)

 本書の読みどころがコミカルな風刺にあることは間違いない。たとえば開巻、最高裁に出廷するべくワシントンを訪れた主人公は、こんな光景を目のあたりにする。'At the National Mall there was a one-man march on Washington. A lone white boy lay on the grass, fucking with the depth perception in such a way that the distant Washington Monument looked like a massive, pointy-tipped, Caucasian hard-on streaming from his unzipped trousers. He joked with passersby, smiling into their camera phones and stroking his trick photography priapism.' (p.5)
 ほかにも思わずプッとふきだす場面が随所にあり、それはそれで楽しい。上のような〈あっち系ジョーク〉が多いのも得点アップ材料だ。が、シリアスなくだりもある。'Problem is, they both disappeared from my life, first my dad, and then my hometown, and suddenly I had no idea who I was, and no clue how to become myself.' (p.40) 'All this work, Dickens [my hometown], the segregation, Marpessa [my girlfriend], the farming, and I still don't even know who I am. You have to ask yourself two questions: Who am I? and How may I become myself? ' (pp.249-250)
 こうした実存の問いをぼくは次のようにレビューにまとめた。「この厳しい現実を直視し笑い飛ばすことは、同時に不平等な社会の中で自分のアイデンティティを確認ないし確立しようとする行為でもある」。
 ぼくがいちばん注目したのは次の一節だ。'Unmitigated Blackness is essays passing for fiction. It's the realization that there are no absolutes, except when they are. It's the acceptance of contradiction not being a sin and a crime but a human frailty like split ends and libertarianism.' (p.277) つまり、「風刺を通じて、人間とは結局、不平等という欠陥をもった不完全な存在たらざるをえない、という苦い真実さえ見えてくる」。これが黒人白人を問わず、またアメリカ人であろうとなかろうと、人間全体にかかわる普遍的な問題であることは言うまでもない。
 それゆえ、たしかにコミカルな作品ではあるものの、お笑い一辺倒というわけではない。「本書を読んでげらげら笑っているうちに、待てよ、と考えこんでしまったアメリカ人読者も多いのではないだろうか」と想像したゆえんである。
 ぼくの乏しい読書や映画体験では、従来、アメリカの人種差別を扱った作品といえば、ほらほら、こんなにひどい事件がありますよ、といった指摘や告発が基調になっているものが多かったような気がする。で、おしまいはヒューマニズムの賛歌。本書にも出てくる "Twelve Angry Men" や "To Kill a Mockingbird" がいい例だ(p.269)。
 そうした伝統的な路線を守っているかぎり、どんなに出来ばえがよくても、柳の下の何十匹めかのドジョウと言わざるをえない。もっと斬新なアプローチはないものか、という考えが Paul Beatty の頭の中にはあったのではないか。
 風刺も新工夫のひとつだと思うが、風刺だけでは新しいとは言えないかもしれない。上の実存の問い、さらには人間の不完全性まで視野にいれている点をぼくは高く評価したい。
 なお、Faulkner や Toni Morrison などとの比較も必要だと思うが、きょうは疲れているのでもうおしまい。
(写真は、宇和島市辰野川ぞいの通称〈桜街道〉)