ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Sympathizer” 雑感(3)

 昔のレビューでお茶を濁しているうちに、アメリカ人の作家や映画監督のヴェトナム戦争観に一定のパターンがあることが見えてきた。そのパターンは大別して二つある。
 まず、戦争の狂気や不条理、残虐性などに焦点を当てたもの。これは特に映画の場合に顕著である。映像化しやすいテーマだからだろう。
 次に、戦後のトラウマに目を向けたもの。これは小説の場合に多いかもしれない。屈折した心理は、文章のほうが表現しやすいからだ。
 前々回にレビューを再録した Karl Marlantes の "Matterhorn" (2010) は戦闘シーンが多く、いちおう最初のタイプに属するものだ。が、「愚劣で無益な戦争の現実」に直面した結果、いやおうなく「人間的な成長を遂げざるをえないのも戦争の現実のひとつ」である点が示されるなど、パターンを越えたところがある。
 以下にレビューを再録した Jeffrey Lewis の "Meritocracy: A Love Story" (2004) は第二のパターン。と大ざっぱにひっくるめることにぼく自身、抵抗を覚えるほど愛着のある作品だ。2005年の Independent Publisher Book Award 受賞作である。
 この賞は日本ではあまり知られていないと思うが、いわゆる独立系出版社から刊行された「知られざる優秀作」に、世間の注意を促す趣旨で1996年に設立されたものだ。過去には Jim Harrison や Leif Enger なども受賞している。
 コラっ、"The Sympathizer" の雑感なんて、看板に偽りありじゃないか、という声が聞こえてきそうだ。が、本書は今までの作品とちがって、ヴェトナム人作家が書いたものである。それゆえ、アメリカ人作家のものと対照させることに意味があるのではないか、と思ってきょうもお茶を濁した次第。

Meritocracy

Meritocracy

[☆☆☆★★★]「愛とは何か、ぼくにはわかっていたのだろうか」。こんな台詞も飛びだす本書は、評者にとって久しぶりの正統派青春小説。ハーマン・ローチャーの『おもいでの夏』を思わせる書き出しで、あの映画にも原作にも感動した者としては、懐かしさのあまり胸がきゅんとなった。人物関係もやや似ている。ヴェトナム戦争の初期、徴兵を逃れる友人たちとは逆に、兵役を志願した上院議員の息子ハリー。入隊の直前、大学の仲間が海辺の別荘に集まった夏の終わりの一日を友人の一人が回想する。とにかく行間から、青春の切ない思い、やるせなさがひしひしと伝わってくる作品だ。ばか騒ぎに忍び寄る死の影、笑顔にひそむ良心の呵責、末は大統領かというヒーローへのあこがれ、その憧憬に混じる打算、ハリーの美しい妻に寄せる秘かな恋心……当時の揺れ動く心境を誠実にふりかえった記録を読むと、青春とは心の不純物に最も敏感な時代であると改めて痛感せざるをえない。本当に義務感から兵役を志願したのかというハリー自身の問いが端的な例だ。やがて一日の終わりに起きる悲惨な事故。その先は読むのがつらいほどだった、ちょうど『ラヴ・ストーリィ』と同じように。ただし、ここでも本書は感傷に流れず、むしろ心の検証へと向かう。検証の結果はやはり、青春の光と影を反映したものだ。あまりにも輝かしかったハリーだけに、その運命はあまりにもはかない。と同時に、それが題名どおりエリートの運命であるがゆえに、著者はそこにアメリカの運命をも重ねあわせてこの小説を締めくくっている。ローチャーやシーガルの作品と並ぶ秀作だと思う。英語は上級者向きだろう。
(写真は、宇和島市辰野川に面した西江(せいごう)寺。毎年2月にえんま祭が開かれるが、ぼくは小学校以来、行ったことがない)