ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2016年ぼくのベスト3小説

 いま読んでいる Ali Smith の "Autumn"、なかなかいいですな。だいぶ目鼻がついてきたので雑感の続きを書いてもいいのだが、「なかなかいい」と言っても、今年のマイベストに食い込むほどではないような気がする。
 それに、今年もあと10日あまり。よほど定評のある作品でも読まないかぎり、これから大晦日までのあいだに大傑作に出会う可能性は低い。そこで、ちと早いが、ここらで今年のマイベスト3を選ぶことにした。
 なぜベスト3か。分母の読書量がお寒いかぎりだからだ。ブログ休止以前はベストテンを選んだ年もあったのだから、「お寒い」としか言いようがない。
 なんとかリアルタイムで現代文学を読みはじめたのが4月から、というのも分母が少ない理由のひとつだ。それまでは古典、もしくは現代文学の中でも古典に近い作品を読み直していた。初めて取り組んだものもある。その中から1冊だけ〈番外〉を選んでみた。
 さて、ぼくの採点表によると、4月以降に読んだなかで、☆☆☆☆(約80点)を献上した作品が2つある。読んだ順に、Viet Thanh Nguyen の "The Sympathizer(2015)と、Patrick Modiano の "Paris Nocturne"(2003)。前者は、ご存じ今年のピューリッツァー賞受賞作。受賞はまず順当な結果だろうと思う。
 Modiano のほうは、そもそも彼がノーベル賞作家、ゴンクール賞作家であることを知らず、蠱惑的なタイトルと表紙に釣られたジャケ買い。今年出た本ではないが、マイベストだからいいだろう。邦訳は未刊のようだ。
 3つめを選ぶのに困った。☆☆☆★★★(約75点)を乱発してしまったからだ。David Szalay の "All That Man Is"(2016)、Elizabeth Strout の "My Name Is Lucy Barton"(2016)など、どれもいい。が、両書と同じ〈人生しみじみ系〉の代表で、Deborah Levy の "Hot Milk"(2016)にしておこう。3作とも、ご存じ今年のブッカー賞候補作である。
 〈番外〉は Iris Murdoch の "The Bell"(1958)。ほぼ40年ぶりに再読した。ぼくの青春そのもの、と言っていい思い出の作品だ。ひいきの引き倒しで、Hemingway の "A Farewell to Arms"、Tolstoy の "Anna Karenina" と並ぶ、ぼくの生涯ベスト3。
 と、いつぞやも本ブログに書いたら、幼なじみの某女史に、Hemingway はどうかしら、と言われた。タデ食う虫も好き好きだよ、とぼくは心の中で反論。〈生涯ベスト〉とは My Favorite という意味です。(「なんでちゃんとそう言わないのよ」、と彼女の逆鱗にふれるかも)。
 ちなみに、ぼくには My Favorite とはべつに、My Greatest という意味での文字どおりベスト3もある。Dostoevsky の "The Brothers Karamazov"、Melville の "Moby-Dick"、Emily Bronte の "Wuthering Heights" だが、こうした定番の名作についてはいまさら述べるまでもない。(と言いながら、『"Moby-Dick" と「闇の力」』なる駄文を、えんえん20回以上も書き続けたこともありましたな)。
 すっかり前置きが長くなってしまった。以下、今年のマイベスト3と番外のレビューを再録しておこう。

[☆☆☆☆] 虚無を見すえて快活に生きる、という最後のメッセージがいい。虚無とは価値が価値を失うことだ。自由と民主主義を守るはずの国が他国の自由を侵害し、自由と独立を勝ち取るはずの革命が圧政を生む。この二つの価値喪失と、結果的に生じた虚無がヴェトナム戦争の本質である、と作者は述べているような気がする。主人公は北ヴェトナムのスパイ。サイゴン陥落後、旧南ヴェトナム軍大尉としてアメリカに亡命。政権奪還を目ざす将軍と旧軍人たちの動静を探る密命を帯びている。手に汗握るスパイ小説、冒険小説、戦争小説の山場が連続し、さらには『地獄の黙示録』を思わせるハリウッド映画の撮影シーンも登場。この動的な流れのあいだに配置された静的シーンがまたすばらしい。主人公はスパイとしての二面性だけでなく、歴史的にいやおうなく分断された国で混血の私生児として生まれた、生来「二つの心」をもつ存在である。それゆえ、友情や家族愛、恋愛、個人的良心と、公的立場や政治的信条との板ばさみに常に苦しんでいる。その出自と矛盾ゆえに他人を裏切り、自分もまた裏切られたときの悲しさは、読んでいて胸が痛くなるほどだ。当然、主人公自身、感傷におぼれることもある。が、「二つの心」とは感情だけでなく知性の面でも活発に働くものであり、想像を絶するような地獄の日々を送ったのち、大尉は「虚無を見すえて快活に生きる」道を選んでいる。ヴェトナム戦争の本質を見ぬいた、ヴェトナム人作家ならではの力作である。[☆☆☆☆] 読後、しばし茫然。最後の一行につづく空白部分に思わず、目が釘づけになってしまった。この空白はいったいなんだろう。と、つぎの瞬間、その意味が強い衝撃をともない伝わってきた。深い余韻どころの次元ではない。それはあらゆる謎が解けた一瞬であり、その余白には主人公の人生のすべて、万感の思いが込められているのだ。パリの夜。青年時代に遭った交通事故を中年男がふりかえるところから物語ははじまる。事故前後、少年時代から現在まで、霧のなかから記憶の断片が次第に浮かびあがり、おぼろげに男の人生が見えてくる。孤独、疎外、倦怠、実存の不安。男は必死に自己を確立しようと、たゆたう記憶のなかでもがき苦しんでいる。と同時に謎が深まる。事故車を運転していた女は何者か。そもそも男にとって、その事故はなぜそれほど重要な意味をもっているのか。たいした謎ではないと思いつつ、いつのまにか夢のような夜想曲の調べに魅せられてしまう。やがて訪れた最後の余白。そこにいたる記憶の断片を思いかえしてみる。なるほど、そういうことだったのか。それは胸が張り裂けるような瞬間である。[☆☆☆★★★] ここには感動はたぶん、ない。自分が自分を見うしない、自分ではないものに縛られ、自分を愛しているはずの人間、自分自身が愛しているはずの人間との関係があやうい若い女。介護が必要な母の治療のために訪れた南スペインの海辺で、母と別れた父の住むギリシャの街で、彼女は考える。迷う。自分とは、自分の人生とは、愛とはいったい何なのだろう。ゆれ動く微妙な心理が静かな、しかし鮮やかなショットで風景に映しだされる。出会った男たち、女たちとのふれあいのなかで劇的な事件が起こり、感情が高まり、落ち込み、また爆発し、純化される。本書はそうした濃密な心象風景を、さまざまな思いの去来する一瞬の情景を楽しむ本である。それを絶妙かつ的確にとらえた繊細なタッチに読みほれてしまう。かりそめの中途半端な人生、あいまいで不確かな現実を象徴するエピソードが連続する。と、ふと行間に目をとめ、自分自身の人生をふりかえりたくなるかもしれない。そこにも感動はないかもしれない。が、心に浮かぶ風景ならきっとあるはずだ。本書は、ヒロインに共感できれば、そうした記憶の引き金になるような作品である。[☆☆☆☆★] 鐘はなぜ鳴るのか。その音色にはどんな意味があるのか。この問いに答えはない。が、鐘の音を聞いた人の心には、さまざまな思いがよぎったり、何もよぎらなかったりする。神とは人間にとって、そういう鐘のような存在かもしれない。もし本書の鐘に象徴的な意味があるとすれば色々と解釈できそうだが、上の解釈もそのひとつだと思う。つまりこの作品自体、鐘と同じ存在なのである。舞台はイギリスの田舎。ある宗教団体の起居する屋敷近くの湖に、隣接する尼僧院の古い鐘が眠っているという。その伝説の鐘と、尼僧院に新しく設置される鐘をめぐる騒動がハイライトだが、それに収斂される、およびその余韻となる人々の微妙な心の動きがまず読みどころ。主な人物は内心さまざまな葛藤をかかえ、その葛藤が他人との関係で増幅され、その絡み合いからたえず事件が起こる。予想外の急展開があり、不安が高まり、緊張の一瞬が訪れ、思わず息をのむ。すると次の章で緊張の意味が解き明かされたり、魅力的だが不可解な場面やエピソードが実際は予兆、暗示に充ち満ちていたことが後でわかったり、ほかにも鮮やかな視点の変化や、湖の美しい風景と細かい心理描写の交錯など、じつに巧みな構成である。とりわけ後半、ハイライト前後の加速度的な展開は息つくひまもない。湖のほとりに集まった人々はそれぞれ悩み、苦しみ、怒り、悲しみ、救いを求めている。しかし、誰にも完全な処方箋はいっさい示されない。けれども一方、そこには暗い絶望もない。救いようのない現実を心静かに受けとめながら、男と女は別れを告げる。そしてきょうも尼僧院ではミサがひらかれ、鐘が鳴り響いている。あの鐘はなぜ鳴るのか。それはもしかしたら、救いも絶望もない、ただ今を生きるしかない現代人のおかれた精神状況をみごとに象徴しているのかもしれない。これもひとつの解釈である。