ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Sympathizer” 雑感(1)

 Viet Thanh Nguyen の "The Sympathizer" を読みはじめた。入手したのは何ヵ月も前で、当分読むつもりはなかったのだが、P Prize. Com の予想に反して今年のピューリッツァー賞を受賞。
 あわててパラパラめくってみたら、なんとヴェトナム戦争の話ではないか。しかも書き出しが 'I am a spy, a sleeper ....' ときた(p.1)。それなら読まずにいられるものか、と分厚いハードカバー版に取りかかった。
 というのもまず、ぼくは今のような純文学路線にハマるまで、スパイ小説や冒険小説ばかり読んでいた時期があるからだ。sleeper といえば、John le Carre の "Tinker, Tailor, Soldier, Spy" が最高でしたな。いまでも映画館に足を運ぶときは同書の映画化作品など、ほとんどスパイ物かアクション映画に決まっている。
 それから、なんと言ってもヴェトナム戦争。これについては、いくつか思うことがある。第一に、ぼくはあの戦争をリアルタイムで知っているはずなのに、実際にはほとんど何も考えず、何も知らないに等しかった。当時は、本と女の子のことしか頭になかった。
 ぼくがヴェトナム戦争に興味をもつようになったのは、なんと戦後のアメリカ映画を見たのがきっかけである。『フルメタル・ジャケット』、『ディア・ハンター』、『地獄の黙示録』がベスト3か。カンボジア内線の話だが、『キリング・フィールド』も関係あり。
 書物としては、殿岡昭郎の『言論人の生態』にとどめを刺す。と言いたいところだが、肝心の本がどこへしまったのか出てこない。捨ててはいないはずだけど。
 小説なら Karl Marlantes の "Matterhorn" だ。と断言できるほど、いろんな作品を読んだわけではないが、ちょっとほかに思い出せない。いま調べると、ちょうど5年前のゴールデンウィークに読んでいることがわかった。これも何かの縁だろう。
 今回、 "The Symapathizer" を読むにあたり、少しだけ復習しておく価値があると思う。以下、"Matterhorn" のレビューを再録しておこう。

Matterhorn: A Novel of the Vietnam War

Matterhorn: A Novel of the Vietnam War

[☆☆☆☆] 反戦でも好戦でもない立場からヴェトナム戦争を描いた佳篇。テト攻勢の翌年、予備役として従軍した有名大学出身の若き海兵隊の少尉が、北ヴェトナムとの国境にほど近い山中の丘、通称「マッターホルン」をめぐる攻防と、その後日談ながら悲劇的な事件を目のあたりにする。戦果しか頭にない司令官の企画した無謀な作戦により、少尉の所属する中隊は激しい戦闘に巻きこまれ、数多くの兵士が死傷。その経過を通じて戦争の狂気、不条理、無意味さがドラマティックに示される。が、それは反戦的な主張というよりむしろ、戦争の現実を現実のままに提示したものだ。少尉は当初、従軍を履歴の箔づけと見なす野心家だが、やがて何度か絶体絶命の危機に立たされ、勇猛で誠実な部下の死に怒りと悲しみを覚え、愚劣で無益な戦争の現実を直視する一方、名誉や野心とは関係のない指揮官としての責任を痛感するようになる。そういう人間的な成長を遂げざるをえないのも戦争の現実のひとつなのだ。これが好戦的な主張ではないことは言うまでもない。中盤過ぎまではおおむね悠々たる展開で、過酷な行軍や陣地の設営、小さな戦闘などをはさみながら、黒人兵と白人兵の対立をはじめ、もっぱら人物関係を中心に進行する。それが後半、壮絶な戦闘開始とともに爆発的に盛り上がるのは定石だが、前半でじっくり描いた人物関係が布石となる後日談が秀逸。ともあれ、これはヴェトナム戦争をひとつの人間的現実として冷静にとらえたヒューマン・ドキュメンタリーである。そういう作品が今上梓されたことに、アメリカ人なら深い感慨を覚えることだろう。俗語や軍隊用語が頻出し語彙的には上級の英語だが、決して難解というほどではない。
(写真は宇和島市寺町界隈)