ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2017年ぼくのベスト小説

 田舎から帰ってわが家の大掃除。気分はいいが腰が痛い。そんなこんなで Joyce Carol Oates の "Them" はいくらも進んでいない。そこできょうは1年をふりかえり、マイベスト小説を選ぶことにした。
 といっても、今年はと言うべきか、今年もと言うべきか、とにかくたいして読めなかった。とくに夏以降、空前に近い超多忙。こんな生活はもう二度とごめん、と思い、テンプで残る話もあったが、来春定年で退職することにした。
 さて、ささやかな読書リストをながめているうちに驚いた。今年最初に読んだのが Tove Jansson の "The True Deceiver"(1982)で、最後に通読したのが Joyce Carol Oates の "Expensive People"(1968)。両書の共通テーマは、「偽」である。「偽」というのは、個人的には今年の世相を表す漢字だと思っていたので、偶然の一致にビックリした。
 先日京都の清水寺で発表された今年の漢字は「北」だったが、ぼくにはピンと来なかった。それよりフェイク・ニュースに明け暮れた今年は、「偽」のほうがふさわしいように感じる。
 さて "Expensive People" は☆☆☆☆だったが旧作。新作もふくめて、☆4つは2冊しかなかった。自動的にその新作が、今年のぼくのベスト小説ということになる。ブッカー国際賞受賞作、David Grossman の "A Horse Walks Into a Bar"(2016)である。
 来春からいよいよ年金生活だ。いままで以上に財布のヒモを締めないといけない。だから新作は買い控え、積ん読の山を切り崩すほうが主体になると思う。去年と同じセリフだが、来年こそ1冊でも多く読みたいものだ。
 数少ないリピーターのみなさま、どうぞよいお年を。

[☆☆☆☆] 最初はなんのことかよくわからなかった。舞台はイスラエルの小さな町のナイトクラブ。ステージの上で、スタンダップコメディーの芸人ドヴァレーが速射砲のごとくジョークを飛ばしつづける。観客同様、その話術に思わず引きこまれるが意図は不明。客席には、ドヴァレーの知人や子ども時代の旧友もいる。ひとりは、彼の芸を見て感想を述べてほしいと頼まれた元判事アヴィシャイ。ショーと平行して元判事の回想がはじまる。饒舌と笑い、ドヴァレーと客のナンセンスな掛けあいに、妻を亡くしたアヴィシャイの悲哀が混じる。このコントラストはみごとだが、やはり意図は不明。しかし笑点が少年時代に参加した軍事キャンプへと移ったあたりから全貌が見えてくる。それまでは観客を、読者を惹きつけるためのいわば前座ネタ。ここで真打ちの演目となり、アヴィシャイも知らなかった昔の事件が、しゃべくり独演のかたちで再現される。ますますボルテージが上がり、八方やぶれのジョークが炸裂するなか、アヴィシャイの亡き父母の胸をえぐられるような思い出が語られ、涙と笑いの一大狂騒曲が繰りひろげられる。軽い芸を期待していた観客は席を立つが、ドヴァレーは人生の意味を、自分のアイデンティティを問いなおしつづけ、アヴィシャイも自分を見つめ、そんな展開に読者のほうも唖然茫然。少なくとも自伝小説で、こんなコメディーショー、こんなド迫力の話芸に接した記憶はとんとない。文字どおり圧倒されてしまった。しかも最後、エゴイズムという人間存在の本質をえぐり出すオマケつき。サンデー・タイムズ紙の評どおり、まさに「衝撃的な傑作」である。