ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Them" 雑感(1)

 昨年末から Joyce Carol Oates の "Them"(1969)を読んでいる。が、帰省や大掃除、正月は2日の午後に仕事初めといった具合で、なかなか先へ進まない。それでも改めて、Oates はすごい作家だなと実感している。
 年譜によると、女史は1938年生まれ。同63年から執筆活動を始め、つい2015年にもピューリッツァー賞候補に名を連ねるなど大変息の長い作家だ。キャリアから言えば、Kazuo Ishiguro なんてヒヨっ子に見えるくらい。
 女史は70年前後に、いわゆる Wonderland 4部作で最初のピークを迎えている。68年に "A Garden of Earthly Delights"(☆☆☆☆★)、69年に "Expensive People"(☆☆☆☆)がそれぞれ全米図書賞候補作に選ばれたあと、70年に "Them" で同賞を受賞。72年にも "Wonderland" が同賞候補作。この4部作のあいま、70年には "The Wheel of Love and Other Stories" がピューリッツァー賞候補作。まさに爆発的な活躍ぶりで、タダゴトではありません。
 それなのに、ぼくは数年前に "A Garden of Earthly Delights" を読んで以来、Oates の作品からずっと遠ざかっていた。これではいかん、と思って昨年末、まず "Expensive People" を通読。ついでこの "Them" に取りかかったという次第である。同じ作家の作品を続けて読むのは何年ぶりだろうか。
 が、きょうは「すごい作家だなと実感」したゆえんを書いているヒマがない。Oates の復習がてら、昔のレビューでお茶を濁しておこう。

A Garden of Earthly Delights (The Wonderland Quartet)

A Garden of Earthly Delights (The Wonderland Quartet)

[☆☆☆☆★] 人間の魂はマグマのようなものかもしれない。ふだんは地下深くで蠢動しているため、その動きは目に見えない。が、やがて不穏な兆候があり、ある日突然、噴出爆発する。本書で何度か起きる激しい〈魂の爆発〉には、陳腐な形容だが息をのむばかりだ。怒り、暴力、情欲、実存の叫び。事件そのものは意外に単純で、乱闘やメロドラマ、家庭の悲劇の域を出ない。また途中の風景としても平凡な日常生活がつづく。が、そこに登場する人びとは身分や階層、立場が微妙に、あるいは決定的に異なり、ささいな言葉やふるまいにも感情的な対立が読みとれ、どの場面をとっても〈日常のスリル、日常のサスペンス〉とでもいうべき緊張感に充ち満ちている。その立場の違い、軋轢が次第に明らかにされるとともに緊張が高まり、やがて一気に爆発する。最初の爆発がかなり早い段階で起こるため、あとはどの要素がどうからみ、どんな大事件につながるのかと見守るしかない。実際には何もなくてもサスペンスがつのる〈ジョーズ効果〉さえある。各人物の対立は人生観や世界観の相違から生じる衝突ではなく、その意味で深みはない。が、その代わり、平凡な毎日を送る者同士のぶつかり合いという点で、人間の生々しい現実がえがかれている。主役は当初、貧しい白人の農場労働者だ。その3世代にわたる家族が第二次大戦をはさんだ20世紀中葉、社会の底辺から次第にはい上がって行くうちに数々の事件に遭遇する。彼らの「生々しい現実」は、そのままアメリカの生活史でもあると思う。