ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ben Okri の “The Famished Road”(1)

 1991年のブッカー賞受賞作、Ben Okri の "The Famished Road"(Anchor Books 版)を読了。さっそくレビューを書いておこう。
(後記)8月12日、最後のくだりを改稿しました。 

The Famished Road (The Famished Road Trilogy)

The Famished Road (The Famished Road Trilogy)

  • 作者:Okri, Ben
  • 発売日: 1992/07/27
  • メディア: ペーパーバック
 

[☆☆☆☆] 私見だがマジックリアリズムとは、現実と非現実ないし超現実を融合させることによって、通常のリアリズムでは描きにくい現実の諸相、人生の諸矛盾をデフォルメして描くものである。この意味で本書は、マジックリアリズムの行き着くひとつの極致を示している。ここでは日常的な空間が異次元の世界と、直線的な現在の時間が過去および未来と交錯し、自然と人間、無生物と生物など、およそありとあらゆるものが共存と対立を繰り返し、「飢えた道」は満ち足りた世界を、現実は理想を、矛盾は解消を、分裂は統一を希求しつつ、その望みはついに果たされることがない。そこからさらに新たな希望が生まれ、新たな挫折もまた始まる。万事つねに未完、いわば無限輪廻の世界である。なるほど、人生とはそうしたものではないか。矛盾と混沌こそ人生ではないか。とすれば本書の奇妙きてれつ、摩訶不思議な世界はまさしく人生そのものであり、生と死の往来に飽き、現世にとどまることによってこの世の矛盾を目のあたりにした「精霊の子」アザロは、人生の観察者としてまことに適役である。しかし不満はのこる。ここには壮大なドラマがない。アザロの父親が演じたボクシングの死闘にしても、たとえばエイハブと白鯨の闘いのような強い感動を呼ぶものではない。「理想を、解消を、統一を希求」する猛烈な衝動があってこそ初めて、その挫折が偉大な悲劇たりうるのに対し、アザロの父親が駆られる理想主義は一睡の夢にすぎず、ゆえに茶番もしくは狂騒劇しか生まれない。いや、それもまた人生なのだとしたら、本書はまさに人生のデフォルメの極致である。ただ、ここで特筆すべきは、デフォルメによる茶番や狂騒劇として、アザロの住む植民地ナイジェリアの歴史的苦難と政治的混乱、貧困や飢餓などの社会問題が、まざまざと浮かび上がってくることだろう。マジックリアリズムとは本書の場合、矛盾に満ちた国家の本質をえぐり出すものでもあるのだ。