ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Peter Matthiessen の “Shadow Country”(2)

 先日ご存じのとおり、今年のブッカー賞ロングリストが発表された。例によって現地ファンは、各自の予想やお気にいりの作品などをめぐって大いに盛り上がっている。これほどファンが熱くなる文学賞も、世界広しといえどもほかにはまずないだろう。
 が、全13冊の候補作のうち、ぼくはまだ Hilary Mantel の "The Mirror & The Light"(☆☆☆★★)しか読んだことがないし、ほかに読書予定があるので、これからもショートリストの発表まで高みの見物としゃれ込むつもり。
 とはいえどう見ても、今年最大の話題は Mantel が前々作、前作につづいて、Wolf Hall Trilogy の掉尾を飾る同書で史上初3度目の受賞なるか、だろう。ついで、おなじことだが、Mantel を蹴落とす作品があるかどうか。いまのところ "M&L" と並んで有力視されているのは、Colum McCann の "Apeirogon" や Brandon Taylor の "Real Life"、Douglas Stuart の "Shuggie Bain" などのようだ。
 例年だと、そんな新作に飛びついて賞レースの行方を占うところだが、もっか読んでいるのは1991年の同賞受賞作、Ben Okri の "The Famished Road"。今夏は新しい候補作ではなく、過去の関連作品をいくつか catch up しようと思っている。
 同書は入手したとき、ペイパーバックだというのにやたら分厚く、いきなり積ん読になってしまった。ところが、いまやすっかり黄ばんだ本をひらいてみると、案ずるより産むが易し、意外にも標準英語で読みやすい。大きさは見かけ倒しだった。
 内容的にはたぶんマジックリアリズムを駆使した作品である。最初はただ奇妙きてれつなだけに思え、☆☆☆★くらいだったけど、シュールな技法の意図、必然性が見えてくるにつれ、★(約5点)をいくつ追加しようか思案中。まったり読んでいるので、まだしばらく時間がかかりそう。
 必然性といえば、表題作についても、なぜこんな人物を採り上げたのか、という疑問が最初から頭の片隅に引っかかった。主人公 E. J. Watson は要するに、西部劇のヒーローに近い存在である。ただし、たまたまきょう手元に届いた "High Noon"『真昼の決闘』(海外ブルーレイ盤で画質は非常にいい)でいえば、ゲーリー・クーパーのような正義の味方ではなく、「無法者や強欲な男たちを相手に、時には手を汚さざるを得なかったダークヒーロー」である。

 実際、アメリカのフロンティアは弱肉強食の世界であり、そんな「世界に生きた人物の光と影は、作者にとってアメリカという国家のアイデンティティにつながるものかもしれない」。そしてそれがおそらく本書の成立する必然性なのだろう。
 とそう思いつつ、ぼくはやはり引っかかった。ひとつには、上の推測を裏づける「確たる証拠」がどうも見当たらない。つぎに、そもそも Watson 自身がそれほど魅力的な人物とは思えない。第1部は関係者の証言、第2部は息子の調査、第3部は Watson 自身の自伝というように手を変え品を変えながら、じっくり描きこんでいくだけの価値が果たしてあるのだろうか。いっそ第3部だけで十分だったのでは、という気がする。
 むろん、彼の悪戦苦闘ぶりは手に取るようにわかる。「リーガルサスペンスあり冒険アクションあり、悪党との対決やガンプレイなど西部劇でおなじみの場面にニヤリとさせられる」。が、それが共感や感動にまでつながらないのは、Watson が「タフでなければ実際生きていけなかったタフガイ」以外の何者でもないからだ。彼と同じく破滅の道を歩むにしても、自分の信念や内的葛藤ゆえに破滅する人間のほうにぼくは惹かれる。
 なんだかミもフタもない話になってきたが、以上の理由で、本書は超大作ながら秀作どまり。いかにもアメリカ的な、まさしく National Book Award 全米図書賞にふさわしい作品だけど、名作や傑作とは言えないように思う。