数日前、今年のブッカー賞一次候補作、Siân Hughes の "Pearl"(2023)を読みおえたのだけど、今回も諸般の事情でレビューをでっち上げるのが遅れてしまった。Siân Hughes はウェールズ出身の作家で、2009年に "The Missing" という詩集を発表しているが、小説としては本書が彼女のデビュー作である。はて、どんなレビューもどきになりますやら。
[☆☆☆★] 愛情豊かで優しかった母親はなぜ突然、なにも告げず、八歳のわたしをおいて家を出ていってしまったのか。本書の要諦はその謎に尽きる。いまや成人して娘もいるマリアンだが、母への思いはどこまでも深く、切ない。昔の記憶をなんどもたどり、母の読んでいた中世の詩『パール』に慰めを求め、口の重い父から母の秘密を聞きだし、みずからシングルマザーとして子育てに苦労するうち、マリアンはやがて母の失踪に悲しい理由があったことを思い知る。各章とも暗喩に満ちたフォークロアふうの詩ではじまり、家庭のドタバタ騒ぎや、夜の大冒険をはじめとする青春の嵐など、シンプルな題材から変化に富んだ物語が進行。さまざまな人間関係における心の溝とぬくもりが鋭敏な感覚で描かれ、喪失の悲しみと愛の重さを綴った叙情表現に胸をえぐられる。平凡なテーマながら珠玉の小品である。