ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Herman Diaz の “Trust”(2)

 ロンドン時間で21日、今年のブッカー賞ショートリストが発表された。the Mookse and the Gripes における候補作の人気ランキングはつぎのとおり(4/5は集計方法のちがいによる)。
1, Prophet Song by Paul Lynch
2, Study for Obedience by Sarah Bernstein
3, This Other Eden by Paul Harding
4/5, If I Survive You by Jonathan Escoffery
4/5, The Bee Sting by Paul Murray
6, Western Lane by Chetna Maroo
 ちなみに、同サイトの直前の入選予想はこうだった。
1, Prophet Song by Paul Lynch
2, Pearl by Siân Hughes
3, A Spell of Good Things by Ayọ̀bámi Adébáyọ̀
3, The Bee Sting by Paul Murray
5, The House of Doors by Tan Twan Eng
6, This Other Eden by Paul Harding
6, In Ascension by Martin MacInnes
 このリストを見て、ぼくは "Pearl"(2023 ☆☆☆★)が2位というのに驚いたけれど、それでもちょっと期待。しかしフタをあけてみると、読みはじめたときから「ショートリスト入りはキビしいかも」と思っていたとおり。ただ、これに落胆した現地ファンもいる。ぼくにはその気持ちがよくわかるし、また当然の結果だとも思う。
 閑話休題。表題作は第三部 "A Memoir, Remembered' がとてもおもしろく、そこまで☆☆☆★★★。それが最終的に☆☆☆★となった理由はふたつある。

 まず、タイトル trust の意味がさいごまであまり掘り下げられなかったこと。本書で描かれている trust には、金融業界における信用と、夫婦や親子、恋人同士など人間関係における信頼というふたつの側面がある。
 このうち、第一部 Bonds と第二部 My Life では信用が第一義で、信頼は第二義。さらっと読める反面、金融業界ってのはそういうものかな、くらいの感想しか持てなかった。
 ところが第三部では、信頼のほうが第一義となる。また、金融王 Andrew Bevel 一家の内幕を暴露した小説篇が第一部で、その内容に憤慨した Bevel の自叙伝が第二部。この自伝がじつは Bevel の秘書 Ida Partenza が代筆したものだったという暴露話が第三部である。
 Ida は Bevel に依頼された仕事をめぐり、アナキストの父や、特ダネを新聞社に売りこんで地位を確保したいボーイフレンドとすったもんだ。この「信頼関係に緊張が走る一瞬など、おおいに読ませる」。
 それからもちろん、Bevel とその妻 Mildred との信頼関係についても、「さらっと読め」た第一・二部がここにきて内容豊かなものとなり、なるほど、そういうことだったのかと合点。これに加え、1929年にはじまった世界恐慌当時の金融業界における信用問題もみたび採りあげられるのだから、まさに「白眉は第三部」。本書と同時に今年のピューリツァー賞を受賞した "Demon Copperhead"(2022 ☆☆☆★★)とくらべても、ここだけは、オマケしてここまでは本書のほうがすぐれている(☆☆☆★★★)。
 それがさいごの第四部 "Futures" で急降下。Mildred の日記の断片を集めたものだが、この流れは必然的であると理解しても蛇足の感は否めない。「ミルドレッドの日記は第三部にふくめ、あくまでイーダの目でトラストの諸相を描いたほうが収まりがよかったのではないか」。これが第二の減点理由である。
 そもそもひとは、自分は、他人は信頼できる存在なのか。裏切られても、裏切られても、相手を信頼する。そういうほんとうの信頼はどんなときに得られるのか。これに外国人がからんだ場合はどうなるか。
 などなど、信頼をめぐってはいろいろ気になる問題がある。が、本書をいくら読んでもその答えはほとんど見つからない。くりかえすが、それが第一の減点理由である。

(写真は、8月の九州・四国旅行で、中学の修学旅行以来、半世紀以上ぶりに訪れた別府の海地獄。修旅のことはあまり記憶にのこっていないが、小4のときだったか、亡父に連れていってもらった思い出はとてもなつかしい)