ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Harding の “This Other Eden”(1)

 きのう、今年のブッカー賞最終候補作、Paul Harding(1967 - )の "This Other Eden"(2023)を読了。Paul Harding は周知のとおり2010年に "Tinkers"(2009 ☆☆☆★★★)でピューリツァー賞を受賞。

 同賞の受賞作家がブッカー賞のショートリストにのこるのは、Elizabeth Strout, Richard Powers についで三人目だが(Powers はブッカー賞のほうで先にノミネート)、ダブル受賞に輝いた例はいちどもない。Paul Harding が快挙を達成するかどうか、おおいに注目したいところだ。なお、この "This Other Eden" は今年の全米図書賞最終候補作でもあったが、惜しくも受賞は逃している。さっそくレビューを書いておこう。

This Other Eden: A Novel (English Edition)

[☆☆☆★★] 常識のおもしろさとつまらなさ。本書の美点と欠点を要約すると、そういうことになる。まず、この世に楽園などありはしない。ゆえに、一見理想郷と思えるところにもなにかしら不備があり、いつかは現実の波が押しよせ、住民が楽園追放の憂き目にあうこともある。ここには、そんな平凡な粗筋からはとても想像できないほど凄絶なドラマがある。つぎに、人種差別や民族浄化の愚劣と危険はだれしも知っている。ところがおそらく有史以来、人類はその愚をおかしつづけている。ここには、そんな万人共通の根ぶかい偏見から生まれる悲惨なドラマがある。より具体的には、父と娘の愛憎劇、当初は甘美な恋物語、親子の愛情を引き裂く官憲の非情な仕打ちなど。各人のゆれ動く心理のこまかい描写や、複雑に入り組んだ詩的で古風な文体、小説的記述に新聞記事や公式文書が織りまぜられる巧妙な話術といったあたり、さすがピューリツァー賞作家の手になるものと感心させられる。20世紀初頭、アメリカ本土にほど近い大西洋の小島に住む黒人奴隷の子孫たちはどんな運命をたどったのか。佳篇にはちがいないが傑作とはいいがたい。「本書の美点と欠点を要約すると、そういうことになる」。