8月7日にブッカー賞のロングリストhttp://www.themanbookerprize.com/prize/thisyear/longlistが発表されたが、どうも気勢が上がらない。
まず個人的な話だが、来年刊行される予定の辞書の原稿書きに追われ、6月から読書量が激減してしまった。8月の後半からは、さぼっていた本職のほうも気になり、ますますペース・ダウン。この3ヵ月で読んだ本がたった3冊とは、海外小説オタクのぼくとしては、われながら信じられないほど情けない。
閑話休題。上記のロングリストを眺めると、今年は昨年以上に知らない作家が多い。馴染みのあるのはなんと、イアン・マッキュアン(一般の表記はイアン・マキューアン)のみ。まだまだ勉強不足だと反省したが、ガーディアン紙http://books.guardian.co.uk/manbooker2007/0,,2142675,00.htmlなどの紹介記事を読むかぎり、あちらでも無名の作家が大半を占めるらしく、「今年のブッカー賞は低調」との寸評を見かける。
そのマッキュアンだが、ぼくは4月に読んで次のレビューをアマゾンに投稿した。(その後、削除)
- 作者: Ian McEwan
- 出版社/メーカー: Jonathan Cape
- 発売日: 2007/04/01
- メディア: ハードカバー
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…と書いたけど、これがオッズで一番人気の作品とは驚きだ。有名作家の作品だから、ということだろう。 "Atonement"のほうがずっとよかったんじゃないか。まあ、その"Atonement"にしても、初期の中短編ほどの密度ではなかった。マッキュアンは売れ始めてから、ずっと商業的に妥協しつづけているような気がする。しかも、この最新作程度の心理小説なら、いや、もっと優れた作品だって過去にたくさんあるはずだ。そういう過去の伝統は選考基準に入らないのだろうか。
ロングリストのうち、上記の作品を除いて最初に読んだのは Lloyd Jones の "Mister Pip" だ。ハードカバーにしては安かったし、アメリカのアマゾンのブログhttp://www.amazon.com/gp/blog/A287JD9GH3ZKFY/105-0084135-7441243?%5Fencoding=UTF8&cursor=1187369496.713&cursorType=beforeで好評だったから。そのレビューもアマゾンに投稿(その後、削除)したので、ここに再録しておく。
- 作者: Lloyd Jones
- 出版社/メーカー: The Dial Press
- 発売日: 2007/07/31
- メディア: ハードカバー
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…最後がちょっと腰砕けかな。マッキュアンもそうだが、現代作家は本当に突っ込みが足りない。技術的には洗練されているのだけど、どうも骨太の大作家がなかなか見当たらない。とはいえ、このロイド・ジョーンズの作品、ショートリストに残ってもいいのではないか。『大いなる遺産』の本歌取りというか、ディケンズをうまく利用しながら独自の小説世界を作りあげている。その着想は賞賛に値する。最初の三分の一くらいまで事件らしい事件は起こらないのに面白い。島民たちがそれぞれ人生体験を物語るあたり、本筋から脱線しない程度に変化があって読ませるし、何より主人公の娘がピップにのめりこむ姿に共感がもてる。政府軍の兵士が来島してから事態が急変するわけだが、ぼくは途中、コンラッドの『ロード・ジム』やゴールディングの『蠅の王』を思い出した。するとテーマは人間の誠意か、それとも悪の問題か…と思ったらそうではない。『大いなる遺産』を朗読する不思議な男に着目すれば、これは結局、現実と虚構の混同や混用がもたらす悲劇ということだろう。が、男の正体が謎のまま終わるのは中途半端だし、「声」こそ人間の本質なのだという幕切れの主張も、ユニークな説ではあるが、さて実際、どんな意味があるのだろうか。前述の悲劇との関係はどうなのか。そう考えると、この小説はたしかに話としてはとても面白いし、とりわけ終盤の迫力は満点なのだけれど、さほど深く掘り下げて書かれた作品とは言えない。
あと一つ、アマゾンにレビューを投稿(その後、削除)したのが次の作品。
- 作者: Catherine O'flynn
- 出版社/メーカー: Tindal st Pr Ltd
- 発売日: 2008/03/16
- メディア: ペーパーバック
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…ペイパーバックで安かったから買ったのだが、これは駄作と言っていい。こんな作品がどうしてロングリストに選ばれたんだろう。イギリスでは好評のようだが、ぼくには何が言いたいのかよく分からなかった。中心は少女の失踪事件なのか、それとも警備員たちの虚無感、喪失感なのか。たぶん、少女が探偵ごっこに興じるうち、とんでもない事件に巻きこまれ…という定石を避けたのだろうが、結果的にその定石の変形に過ぎないし、そういう目で見ると、警備員たちの話が長大なダイグレッションに思えてくる。選考委員の眼識を疑ってしまう作品だ。
ともあれ、明日はいよいよショートリストの発表日。これから本格的にブッカー賞の季節だ。