ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Simon Mawer の "The Glass Room"(2)

 今年のブッカー賞の最終候補作を読むのは、受賞した Hilary Mantel の "Wolf Hall" もふくめてこれで3冊目。発表直前のオッズでは2番人気だった作品だが、この予想はけっこう正しかったような気がする。"Wolf Hall" の受賞は順当で、その次に本書が面白く、J.M. Coetzee の "Summertime" は3番目の出来ばえ。ただし、メロドラマが大好きなぼくは、この "The Glass Room" が放つ「濃密な愛の香りにむせかえ」ったし、ユダヤ人の母娘がドイツ兵に連行される場面などでは「悲しい運命に胸をかきむしられる」思いもした。個人的な趣味としては、"Wolf Hall" よりむしろ愛着を覚えるくらいだ。
 昨日のレビューの前置きで「補足訂正」と書いたのは、先週金曜日の時点ではてっきり、本書がナチスがらみのメロドラマだと思っていたから。その後読み進むうちに、時代背景が変わるにつれ新しい人物が次々に「ガラスの部屋」を訪れ、それぞれ部屋の中で、あるいはほかの場所で恋愛関係、肉体関係を結ぶ。しかも、彼らの心の中にはたえず「ガラスの部屋」への思いが去来する。そこで遅まきながら、本書のタイトルはダテじゃないな、これはこの「部屋が主人公と言っても過言ではない」ぞ、と気がついた次第である。
 どこかの大学の校歌にたしか、「集まり散じて人は変われど…」という一節があったことも思い出したが、ちょっとあれに近い感じで、「光と静寂に満ちた部屋がいわば歴史の定点として心にしみじみと残る」。この部屋が人々の思惑次第で意味を変化させながらも、彼らの「さまざまな愛と性の物語」に必ず関与する。結末で話をちょっと作りすぎている点が気になったが、これはまあ、ご愛敬でしょう。とにかく、「ガラスの部屋」を中心に、国家と個人、そして部屋自体の歴史とメロドラマをうまくからめた作品で、ぼくは大いに満足した。