ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Jeffrey Eugenides の “The Marriage Plot” (3)

 「この "The Marriage Plot" にはトロロープやオースティンなどの作品への言及があるが、そういう原作を読んでいたら本書はもっと興味ぶかく読めるのでは、という気がする」と書いたときは、これまた途中の単なる直感にすぎなかったのだが、読後の今はますますその思いを強くしている。ひょっとしたら本書は、きわめて現代的な衣装をまとった19世紀のイギリス小説、なかんずくオースティンの世界を再現、いや、創作しようとする「文学的な野心に満ちた作品」かもしれないからだ。
 むろん、これはぼくの「とんでもない勘違い」の可能性も大きい。なにしろ、オースティンといえば、中学生のときに『高慢と偏見』を邦訳で読んだきりで、しかもおぼろげな記憶しかない。そこでモームの『世界の十大小説』を引っぱりだし、関連のありそうな箇所を拾い読みしてみた。すると、Eugenides の本書とオースティンの作風にはいくつか共通点があることに気がついた。
 「ジェイン・オースティンの小説は、純然たる娯楽作品である。…もちろん、偉大という点で一段と優れた作品は、その後いくつか書かれている」(西川正身訳)。"The Marriage Plot" にも同じことが言える。女子学生に「2人の男子学生がからむ三角関係と、その結婚をめぐる騒動。要するにそれだけの話なのに、これが無類におもしろい」。しかし「それだけの話」ゆえ、決して深くはない。
 「オースティンが、フランス革命、恐怖政治、ナポレオンの興亡といった、世界史の重大事件のいくつかが起った動乱の時代に生まれ合わせておりながら、作品の中でそれらの事件に一言も言及していない」。つまり、「政治にかかりあう」のをいっさい避けているのに対し、"The Marriage Plot" では、トルストイニーチェマザー・テレサなどへの言及から発展して文明批評とおぼしきくだりもあるなど、広い時代背景が描かれている。さらには、80年代のアメリカが主な舞台ということで、当時のレーガン大統領をからかったような作中人物の発言も飛びだす。が、本書を読んでこれが「政治にかかりあ」った作品だとは誰も思わないだろう。
 ぼくはこれを読みながら、内容的にはまさしく現代の話なのに、なぜ80年代、正確に言うと、1982年から83年に設定されているのだろうと考えた。そこでひらめいたのだが、その当時は、アメリカが政治的にまずまず安定を取り戻した時代と言えるかもしれない。ヴェトナム戦争終結が1975年、湾岸戦争が1991年。この「安定期」なら、安んじて結婚という「凡庸なテーマ」を採りあげることができる。Eugenides はそう判断したのかもしれない。でもまあ、「とんでもない勘違い」でしょうな。…今日はおしまい。