ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Adam Johnson の “The Orphan Master's Son” (2)

 本書を評価するうえでぼくの頭にあった基準は、雑感(4)で述べたとおり、次の2点である。(1)〈想定外〉のおもしろさがあるかどうか。(2) 思想の掘り下げとはべつに、何か深い内容があるかどうか。
 まず (1) について。この基準をもうけたのは、北朝鮮における恐怖の現実がえがかれているだけでは、「フムフムさもありなん」でおわってしまうからだ。それなら潜入レポートのたぐいと大差ないでしょう。その点、本書は拉致の話からはじまり、不謹慎な言い方ながら、やっぱり〈恐怖路線〉かと思わせたあと文字どおり起伏に富んだ展開で、おわってみれば「名画『カサブランカ』の本歌取り」。これに気がついたときは思わず、えっと驚きましたね。ネタを割れないのが残念です。
 (余談だが、敬愛する故・双葉十三郎氏はあの名画について、「ごくオーソドックスなメロドラマで、マイケル・カーティスの演出も、ソツなく無難にまとめているという程度である」と手厳しい。フタバさんの辛口ぶりがよくわかるレビューです。なお、BS放送で録画した『カサブランカ』はとても画質がよくて十分満足しているのだが、ブルーレイ版もなかなか評判がいいようだ)。

カサブランカ [Blu-ray]

カサブランカ [Blu-ray]

 次に (2) について。『悪霊』や『審判』『1984年』などを代表とする「輝かしくも暗い」全体主義小説の歴史をふりかえると、もはや現代では全体主義の根源に迫る試みは不可能に近い。それでも本書を読むと、不勉強のぼくには目からウロコと思える点があって、大いに感心した。つまり、全体主義マジックリアリズムの関係が明らかにされている点である。「全体主義の体制では〈不都合な真実〉は隠蔽され、真実の代わりにフィクションが真実となる。全体主義の現実とは、まさにマジックリアリズムの世界なのである。そのことを端的に物語っている漫画チックな結末はケッサクというしかない」。
 これについてもネタを割るわけにはいかないので、どうぞお楽しみくださいとしか言いようがないが、少しだけ書くと、「地上の楽園」という神話を維持するためにマジックリアリズムが使われている。同じ伝で、どこかの国のいろいろな神話を皮肉るのにも使えそうですな。