ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2013年ピューリッツァー賞最終予想(final Pulitzer Prize prediction list for 2013)

 いささか旧聞に属するが、去る3月27日、PPrize. Com による毎年恒例のピューリッツァー賞最終予想が発表された。これを見ると、最初の予想から6作ほど入れ替わっているが、上位の作品はほとんど動いていない。
 ぼくの予想というかイチオシは、Adam Johnson の "The Orphan Master's Son"。この秀作をもうそろそろ、ちゃんと評価してほしいものだ。個人的な好みをいえば、Dave Eggers の "A Hologram for the King" がゴヒイキ。My Best と My Favorite、どちらが選ばれても異存はない。
 さて、どうなりますか。とりあえずリストを紹介しておこう。既読のものについてはレビューを再録しておきます。

[☆☆☆☆] 膠着状態におちいったイラク戦争を背景に、戦争の大義の虚妄と、大義を信じたがる軽佻浮薄な一般国民、その偽善と大衆ヒステリーを痛烈に諷刺した反戦小説。彼の地でめざましい戦果をあげた青年兵ビリーたちブラボー分隊の面々が一時帰国、ブッシュ政権選挙対策に駆りだされ、全米の主要都市を凱旋ツアー。その終点ダラスでおこなわれるアメフトの試合のハーフタイム・ショーに、なんとビヨンセたちともども出演。女優が主役でブラボー分隊の活躍を映画化する話ももちこまれるなど、終始一貫、ナンセンスなドタバタ劇の連続だが、ビリーたちを賞賛する人びとの声や、反テロ戦争の正義を訴える試合前のアジ演説などと平行してコミカルなエピソードが盛りこまれるうち、上記の諷刺の意図が明らかになる。圧巻はやはりハーフタイム・ショーだ。ド派手な光と音の饗宴は本書における茶番の総決算であると同時に、イラク戦争アメリカ国民の大衆ヒステリーを象徴する壮大な狂騒劇となっている。口語や俗語を駆使した、すさまじいパワー全開の文体に圧倒され、ビリーとチアリーダーのお熱いシーンもあって大いに楽しめる。思わずほろっとさせられる結末もいい。が、いささか気になる点もある。諷刺とは、鋭い批判精神と深い真実の洞察から成りたつものだが、本書の場合、諷刺の原点は、戦争が「生と死の究極的な問題」であり、また「愚劣な死の大量生産」であるという認識にある。たしかに一面の真理だが、たとえば、悪の座視は悪であるとか、正義と正義の衝突が戦争であるといった側面は描かれない。〈正義病〉にかかったアメリカ人の幼児性も諷刺の対象となっているが、幼児の軽薄を嗤うためには大人の知恵を有していなければならない。が、ものごとのあらゆる面をとらえるのが大人の知恵ではないのか。ある一面を戯画化して笑いのめすのが諷刺である点を考慮しても、本書の諷刺は一面的に過ぎる。戦争を真剣に諷刺するためには、人間がついに天使たりえない不完全な存在であるという洞察が必要である。そうした悲劇的人間観が欠けているがゆえに、本書に心から感動することはできない。
[☆☆☆★★★] 「おれはだれだ」「わたしはなぜここにいるのか」― だれでも一度は駆られる疑問かもしれないが、本書はこの定番の問題をきわめて現代的、かつコミカルに扱った秀作である。昔は羽ぶりがよかったものの、いまや自己破産寸前の経営コンサルタント・アランが起死回生をかけ、サウジ国王にホログラムによる会議システムを採用してもらおうと、現地で建設中の大都市に乗りこむ。が、国王はいっこうに姿を見せず、プレゼンテーションは延期につぐ延期。そもそも都市建設そのものが進んでいない。このカフカ的状況が、こっけいなエピソードや爆笑もののジョークもまじえて描かれると同時に、アラン自身の失敗したビジネスや破綻した結婚生活、健康への不安、ひとり娘への思いなどがフラッシュバック。そこに孤独な現代人の実存の不安が浮かびあがる。この笑いとシリアスな問題の配合が絶妙で、ページをめくる手が止まらない。濡れ場もあって楽しんでいるうち、ふと流れてくる人生の悲哀にしんみり。虚無の深淵に頭をかかえこむ。人生は不条理で、かつ、おかしい。おかしいから不条理なのか、不条理だからおかしいのか。そんなラチもないことを考えてしまった。
[☆☆☆★★★] コアにあるのは少年の通過儀礼だが、20世紀後半、ネイティヴ・アメリカンがまだ法律的に差別をしいられていた史実を踏まえたものだけに、通常の青春小説とは異なる重みがある。舞台はノースダコタ州の田舎町。居留地に住む少年ジョーの美しい母親が何者かにレイプされ、開巻からいきなり息づまるような緊張の連続だ。やがてジョーは友人たちと事件の解明に乗りだし、さながら少年探偵団のように活躍。傷ついた母親をめぐる重苦しさと少年たちのドタバタぶりや、ジョーの少年らしい正義感と、巨乳の叔母に示す性的関心といったコントラストがじつに絶妙で楽しい。祖父が眠りながら物語る部族の伝説や、先住民の伝統的な生活風景、マジックリアリズムふうの逸話もいり混じり、重層的な作品に仕上がっている。家族愛や少年たちの友情、人間同士の信頼などをモチーフにしたエピソードが複雑にからみあっていくうちに、やがて厳然たる差別の現実が示され、ジョーは驚くべき通過儀礼の行動へとひた走る。この最大の山以後、恋愛がからんで定番の青春小説らしくなり、いくぶんボルテージが下がったのが惜しまれるものの、全篇を通じて緊密な美文で綴られた秀作である。
The Orphan Master's Son: A Novel

The Orphan Master's Son: A Novel

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[☆☆☆☆] かつては「地上の楽園」と信じる人びともいたが、相変わらず秘密のヴェールにつつまれながらも、いまや独裁国家であることが明らかな北朝鮮。小説でもその恐怖の現実が描かれるのは当然だが、本書にはいくつか予想外のユニークな設定がある。まずこれが名画『カサブランカ』の本歌取りとなっている点だ。開巻、工作員による日本人の拉致というショッキングな事件に絶句。脱北した漁民の美しい妻と工作員のふれあいに情感がこもり、しんみりとなるが、驚いたことに第二部ではその工作員が軍司令官となっている。その変身のいきさつが彼自身の行動記録、「司令官」を取り調べる尋問記録、そして「司令官」の物語を流す国営放送という三次元中継で次第に明らかにされる。この複雑な語りの構造と、第一部もふくめた彫りの深い人物造形がじつにみごと。また、国民的女優でもある「司令官」の妻が「これは夢なのか」と洩らすように、現実がフィクションと融合し、マジックリアリズムの世界に近づいている点も見逃せない。全体主義の体制では〈不都合な真実〉が隠蔽され、真実の代わりにフィクションが真実となる。全体主義の現実とは、まさにマジックリアリズムの世界なのである。それを端的に物語る漫画チックな結末はケッサクというしかない。しかも、心臓バクバクものの緊張がピークに達した瞬間、北朝鮮版『カサブランカ』であることがわかる設定の妙。「秘密のヴェールにつつまれ」た国を舞台に、よくぞここまでフィクションを組み立てたものと大いに賞賛したい。
[☆☆☆★★] 男が女と出会って関係し、そして別れる。よくある話だが、これはアメリカに住むドミニカ系移民の男の失恋遍歴集。ユーモアをまじえた軽妙で活発、テンポのいい文体にまず惹きつけられる。主人公が読者に語りかけたり、逆に主人公を二人称で呼んだりすることで、失恋につきものの感傷が適度に抑制され、さりげなく描かれる別れのつらさに鋭いえぐりがある。ほかにも、若死にした兄との陽気なバトル、常夏の国から出てきた当初のカルチャーショック、移民生活や人種差別の現実など、いろいろな話題がいろいろな恋愛といりまじり、同じ主人公の連作短編集といったおもむきだ。読み進むうちに、貧しい移民の少年が才能を認められ大学を卒業、作家活動のかたわら大学で教鞭をとる、という大きな人生の流れが見えてくる。いわばサクセス・ストーリーのはずなのに、ふりかえればほろ苦い思い出ばかり。それを軽くあっさり、おもしろおかしく綴った佳篇である。
The Yellow Birds: A Novel

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[☆☆☆★★] イラク戦争の最中、戦友を亡くした青年兵士の回想記。イラク北西部の街周辺でおこなわれた戦闘の模様と、訓練中から除隊後までの話が交互に進む。即物的に淡々と、あるいは相当な迫力をもって戦争の現実が描かれる一方、時には意識の流れに近い技法で、青年兵の脳裏にうかぶ数かずの思いが綴られる。砲弾が炸裂して死者が出る場面などリアルで息をのむばかりだが、基調にあるのは戦争の不条理や悲惨さで、あえて不謹慎ないいかたをすれば想定内。亡き戦友の母親と青年兵のやりとりも、痛切ではあるが定石どおり。帰国後、ふと戦場の記憶がよみがえり、その戦友への思いに胸をえぐられるシーンもまたしかり。つまり、これはイラク戦争が題材である点を除けば、どの局面をとっても従来の戦争小説とほとんど変わらない。それどころか、イラク戦争と聞いて思いうかぶイメージどおりの作品に仕上がっている。ただし、緊張感のある簡潔で、時に芸術的にいり組んだ文体は大いに評価したい。
One Last Thing Before I Go

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