ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ali Smith の “Spring”(1)

 きょうは日曜日。〈自宅残業〉を午前中で切り上げ、午後から Ali Smith の "Spring"(2019)に取り組んだ。最近カタツムリくんペースで読んでいたこの本、きょうしか片づけるチャンスはあるまい、と思った。そろそろまた超繁忙期がやって来るからだ。
 おかげで何とか読了。"Autumn"(2016 ☆☆☆★★)からスタートした、ご存じ Ali Smith の四季シリーズの最新作である。現地ファンのあいだでは、今年のブッカー賞ロングリストに選ばれるのでは、というもっぱらの評判なのだけど、はて、どうでしょうか。 

Spring (Seasonal Quartet)

Spring (Seasonal Quartet)

 

[☆☆☆] 春といえば、長く寒かった冬がおわり、新しい命が芽吹く華やかな季節。が、題名とは裏腹に、本書にそうした新生のテーマは流れていない。ときおり、あるかなきかの希望の光が射しこむ程度。ここでは描かれるのはもっぱら、EU離脱スコットランド独立運動、そしてなにより移民問題などで混迷を深めるイギリスの政治・社会状況を色濃く反映した季節だ。まず登場するのは、早くに妻子と別れ、また最近、長年の親友パトリシアに先だたれた映画監督リチャード。もっかの仕事は、ほぼ百年前、キャサリンマンスフィールドと、詩人リルケがスイスで同じホテルに滞在したというエピソードを扱った小説『四月』の映画化で、このくだりは興味ぶかい。しかし彼は中途で仕事を投げだし、パトリシアの思い出が去来するなか、放浪者さながらスコットランドの田舎町へと旅に出る。そこで出会うのが、やはりロンドンからやってきた移民排除センターの職員ブリトニー。彼女が気にかける移民の少女の、妖精物語にも似た冒険がマジックリアリズムを思わせて秀逸。リチャードとブリトニーを中心に時間の流れが錯綜し、断片的な逸話がいり混じる複雑な展開だが、ナチスの話題もからむなど、民主主義国家に出現しつつある全体主義の兆候を示す意図が本書の底流にあるようだ。そんな政治の季節の物語を「春」と題した点に作者自身の希望が読みとれるのかもしれない。