ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

David Mitchell の “Black Swan Green” (2)

 なにしろ才人 David Mitchell の作品なので、「意外な展開となりそうな気もする」と期待しながら読んだのだが、結局、〈想定外〉と言えるほどの新工夫はなかった。途中、ナイフの話が出てきたときは、お、これか……と思ったのだが、ぼく好みの psychotic な方向には発展せず、ごくふつうの締めくくり。拍子抜けしてしまった。
 ただし、秀逸な場面はたくさんあり、『蠅の王』のくだりなど、「まさに才人の面目躍如」。授業中、主人公のどもりの少年が先生に指名されて朗読をはじめる。'"I got the conch―" Jack turned fiercely. "You shut up!" Shit. The word 'circle' was coming up. '"Piggy wilted. Ralph took the conch from him and looked round the―"' (p.262) 少年は circle をすんなり口に出せず、'Sss-ircle of boys.' とつづける。
 ぼくは I got the conch を目にしたとたんビックリした。なんの前ぶれもなく、いきなり『蠅の王』の、それも法と秩序の問題にかかわる重要な一節が飛びだしたからだ。これを Mitchell はどう処理しようというのか。明らかにコミカルな場面となりつつあるが……。'"We're English; and the English are best at everything." Er ... "Ssso we've got to do the right thing."' (p.263)
 ご存じのとおり、『蠅の王』の上の場面では、conch を手にした少年が発言の機会を与えられる、というルールが守られている。それがやがて……という展開を思い出しながら本文を読むと、Michell の処理の仕方が呆れるほどうまいことに気がつく。なんと、いじめる側の少年が朗読を引き継ぐのだ。Gary Drake read with exaggerated polish, just to contrast with how he read next. 'This generosssity brought a sss-SSS-patter―' (He got me. Boys were sniggering. Girls were looking round at me. My head burst into flames of shame.) '―of applause from the boys, s-s-s-s-s-s-s-s-so―' (p.264)
 つまり、ルールにのっとり正しく行動しなければならない、という朗読されている「内容とは裏腹にいじめが進行する」わけであり、本文と引用文とのコントラストがじつに鮮やかだ。一種の本歌取りでしょうな。
 ところが、これほど秀逸な場面でさえ、「読んでいる最中はおもしろいのだが、過ぎてしまうと心にさほど残るものがない」。それどころか、引用されている『蠅の王』を思い出すにつけ、そちらのほうから強烈なインパクトを受けるくらいだ。
 その理由について書こうと思ったが、もう夜更け。きょうはおしまいにします。