ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Karl Marlantes の “Matterhorn”(1)

 昨年のタイム誌年間ベスト10に選ばれるなど、アメリカで大評判になった Karl Marlantes の "Matterhorn" をようやく読了。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。(点数評価は後日)。

[☆☆☆☆] 反戦でも好戦でもない立場からヴェトナム戦争を描いた秀作。テト攻勢の翌年、予備役として従軍した有名大学出身の若き海兵隊の少尉が、北ヴェトナムとの国境にほど近い山中の丘、通称「マッターホルン」をめぐる攻防戦と、その後日談の悲劇的な事件を目のあたりにする。戦果しか頭にない司令官の企画した無謀な作戦により、少尉の所属する中隊は激しい戦闘に巻きこまれ、数多くの兵士が死傷。その経過を通じて戦争の狂気、不条理、無意味さがドラマティックに示される。が、それは反戦的な主張というより、むしろ戦争の現実をありのままに提示したものだ。少尉は当初、従軍を履歴の箔づけと見なす野心家だったが、やがてなんどか絶体絶命の危機に立たされるうち、勇猛で誠実な部下の死に怒りと悲しみをおぼえ、愚劣で無益な戦争の現実を直視。一方、名誉や野心とは関係のない指揮官としての責任を痛感するようになる。さような人間的成長を遂げざるをえないのも戦争の現実のひとつなのだ。それが好戦的な主張ではないことはいうまでもない。中盤過ぎまでおおむね悠々たる展開で、過酷な行軍や陣地の設営、小さな戦闘などをはさみ、黒人兵と白人兵の対立をはじめ、もっぱら人物同士の動きを中心に進行。それが後半、壮絶な戦闘開始とともに爆発的に盛りあがるのは定石どおりだが、前半でじっくり描いた人間関係が布石となる後日談が秀逸。ともあれ、これはヴェトナム戦争をひとつの人間的現実として冷静にとらえたヒューマン・ドキュメンタリーである。こうした作品が21世紀のいま上梓されたことに、アメリカ人なら深い感慨をおぼえることだろう。