3月になった。〈厄月〉かと思えるほどトラブル続きだった2月がやっと終わり、気分一新、また頑張らなくちゃ。といっても、あんまり頑張るものもないのだけれど。
春がいちばん好き、という友人がいる。生命がまた復活する季節だから、というごく普通の理由だったと思うが、大学卒業後、20年ぶりくらいに再会したときに聞いた身の上話が凄絶で、まるでドラマのよう。なるほど、だから春がいちばん好きなんだな、と納得したものだ。
前回ふれた『ゼロの焦点』でも、「人生をもう一度やり直したい」と叫ぶ人物が出てくる。というより、そういう人間たち同士の複雑な関係があのミステリの本質だろう。清張自身は、そこに現代史の流れを重ね合わせているようだが、ぼくは彼の歴史観、人間観にかなり疑問をもっている。だからどのミステリもカラクリが見えてきたところで、ああ、また例の話か、と興がさめる。
ただ、「例の話」が始まるまでの『ゼロの焦点』は、かなりいい。「人生をもう一度」という声に耳を傾けながらページをめくると、そこに毎度おなじみ、「innocence とexperience の対立と融合」という、こんどはぼくの「例の話」が読み取れておもしろい。
"The Magician's Assistant" のほうもボチボチ読んでいる。有名な魔術師だった夫 Parsifal の死後、助手で妻の Sabine は弁護士に意外な事実を知らされる。夫には自分のほかに誰も身寄りがないものと思っていたのに、なんと母親と姉妹が生きていた。
そこで、「自分の愛した男はいったい何者だったのか」となるわけだが、Sabine のほうにも複雑な事情がある。彼女は昔から Parsifial を深く愛していたが、Parsifal はじつはゲイ。Phan という「息子」のほうを愛していた。Phan はコンピュータ・ゲームで財産を築いた若者だったが、一年ほど前に死亡。それを機に、長らくエイズを患っていた Parsifal は身辺整理。自分の死後、Sabine が金銭的に困らぬよう彼女と「結婚」したのだという。
ううむ、例によって下手くそな粗筋紹介ですな。いま読んでいるのは、Parsifal の母親と妹が Sabine に会いに来て、夫の隠していた過去、家族の歴史が少しずつ明らかにされるところ。まずまず、おもしろい。
(写真は、宇和島市神田川原(じんでんがわら)にあった貧乏長屋の裏山と中庭。昔はこの山に大きなビワの木があり、夜風にわさわさと揺れているのが子供心に幻想的だった。中庭は畑で、ある冬の朝、亡父に呼ばれて目をさますと、その畑に雪がしんしんと降っていた。雪を見たのはそれが初めてだった。畑の向こうには大家さんの家があったが、その家も撮影時はボロ家。いまでは長屋ともども更地になっている)