ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Umberto Eco の “Baudolino”(1)

 Umberto Eco の第四作 "Baudolino"(原作2000、英訳2001)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

Baudolino (English Edition)

Baudolino (English Edition)

 

[☆☆☆☆★] 古来、人間にはユートピア願望があり、そこから数々の神話や伝説が生まれた。十字軍の時代、ネストリウス派キリスト教の司祭ヨハネイスラム教徒との戦いに勝利し、東方に理想の王国を建設したという伝説もそのひとつであり、本書は、この司祭ヨハネ伝説を下地にした冒険ファンタジーである。美女や怪獣も登場する歴史ロマン、戦争スペクタクル、さらには密室ミステリなど多彩な要素を盛りこんだ豪華絢爛、重厚な大河ドラマだが、なにより特筆すべきは、主役たちが終始一貫、虚偽と欺瞞を自覚しながらフィクションを生みだすうちにそのとりことなり、ついには虚偽を虚偽ではなく真理と信じて追求しつづける点だろう。ウソから出たまこと、である。主人公は、農家の生まれながら神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ1世の養子となった騎士バウドリーノ。という設定からしていかにもウソくさく、彼が物語る半生記にも荒唐無稽な話がいり混じり、その聞き手、東ローマ帝国の歴史家ニケタス・コニアテスも時には眉につばするほど。しかしバウドリーノの、司祭ヨハネの王国に到達せんとする情熱だけは疑いようがない。ニケタスは実在の人物であり、ウンベルト・エーコは豊富な知識を駆使して史実にフィクションをからませながらこの小説を創作したものと思われる。その過程がそっくりそのまま小説世界に反映されている点がおもしろい。つまり虚実は紙一重、その一重の領域を行きかううちにバウドリーノたちはユートピア願望に取り憑かれていく。夢は追いつづけるところに価値がある、夢は夢のままであってほしい、いや、理想や真理はあくまで存在しなければならぬ。そんな自問自答に読者を駆りたてる極上の文芸エンタテインメント巨編である。