ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2019年ブッカー賞発表とぼくのランキング

 本日、今年のブッカー賞が発表され、Bernardine Evaristo の "Girl, Woman, Other" と、Margaret Atwood の "The Testaments" の2作が栄冠に輝いた。Atwood は2000年の "The Blind Assassin"(☆☆☆☆)以来2度目の受賞。2作品が同時に受賞したのは1992年以来、2回目である。当時の受賞作は、Barry Unsworth の "Sacred Hunger" (☆☆☆☆★)と、Michael Ondaatje の "The English Patient"(☆☆☆☆)。

 (この記事は、職場でこっそり書いたため、綴りミスをはじめ、間違いが非常に多かった。帰宅してチェックしたところ、上の「2回目」というのも誤りで、実際は3回目。1974年に Nadine Gordimer の "The Conservationist"(☆☆☆★★)と、Stanley Middleton の "Holiday"(未読)が受賞したのが最初でした)。

  

 さて、"Girl, Woman, Other" のほうは既報どおり、ショートリストが発表されて以来、現地ファンのあいだではずっと1番人気。ぼくの評価も☆☆☆★★★で、じつは内心、これが受賞するだろうと思っていた。いわゆるLGBT問題を扱ったトピカルな作品だったし、しかもその扱い方がバランスのとれた万人向きのものだったからである。

 点数的には Salman Rushdie の "Quichotte" のほうが高いと思ったが(☆☆☆☆)、同書はもっともっと深い内容を扱ってしかるべきだったのに、壮大な傑作になりそこねている点が気になった。

 一方、"The Testaments" が受賞したのはまったく意外(☆☆☆★★)。ディストピア小説の長い歴史のなかで、「旧作『侍女の物語』はマイルストーン的な秀作であったが」、この続編のほうは「新たな一ページを刻むほどの出来ではない」と判断していたからだ。

 昨日読み終えたばかりの Chigozie Obioma の "An Orchestra of Minorities" については、"Girl, Woman, Other" と同点ながら(☆☆☆★★★)、同書より若干落ちる。「カタルシスを得られないのが最大の難点だろう」。

 Elif Shafak の "10 Minutes, 38 Seconds in This Strange World" は「読み物としては面白いという程度」(☆☆☆★)。それより、原作者には申し訳ないが、落選してよかったなと思ったのは、Lucy Ellmann の "Ducks, Newburyport"(未読)。なにしろ千ページ近い大作で、しかも全巻改行なしに小さな活字がぎっしり詰まっている。読む前からめげてしまいそうだ。今後もフォローするかどうかは未定。

 というわけで、受賞した2作のレビューを再アップすると同時に、ぼくのランキング順に最終候補作を紹介しておこう。

1.Girl, Woman, Other(Bernardine Evaristo) 

Girl, Woman, Other

Girl, Woman, Other

 

[☆☆☆★★★] ロンドンの国立劇場で、レズビアンのアマゾネスを描いた演劇が上演。脚本監督は黒人女性アーマ。そんなセンセーショナルな場面で始まる本書は当初、過激なフェミニズムLGBT擁護、反レイシズムといった政治路線を走るのかと思わせる。がその後、アーマとかかわりのある多数の娘、女、ほかにも男たちが次々に登場。もっぱら女性の立場でフェミニズムやレズ、性転換の問題について議論百出。批判的な人物でも説得力のある意見を述べるなど、バランスのとれた柔軟な思考が読み取れる作品となっている。黒人系移民の問題についても、20世紀初頭から21世紀の現代にいたるまで差別と偏見の歴史を検証しつつ、黒人自身、白人社会に順応、時には迎合さえしようとする一面もあったことを指摘。これは、反体制派の中にも体制志向がある点への目配りと軌を一にしている。が、こうした政治問題や社会問題は、本書においては基本的に主役たちが自己を実現し、他者と結びつくうえで障害となり、契機ともなるものだ。困難な状況であればあるほど、人は傷つきながらも自分のあるべき姿を模索し、他人への、他人からの愛情や友情を確認しようとする。つまり本書の眼目はアイデンティティと人間愛の追求にあり、そのテーマにぴったりの題材が黒人系移民であり、女性であり、LGBTであるということなのだ。数多くの人物を登場させることで、ある一人の内面を掘り下げると同時に、他人から見た当人の人物像も提示され、極端な立場も「バランスのとれた柔軟な思考」で中和される。時にコミカルで滋味豊かなユーモアにあふれ、リフレインを多用、リズミカルで生き生きとした女性群像の描写は特筆ものである。「男よりはるかに複雑」な生き物である女にとって人生ははるかに複雑。〈女もつらいよ〉と嘆きつつ、「草の根行動主義」により、女性が真の人間としての地位を確立しようとする姿から、EU離脱移民問題などで揺れる今日の〈病めるイギリス〉も同時に浮かび上がってくる。女もすごいよ、と脱帽したくなる力作である。

4.The Testaments(Margaret Atwood) 

The Testaments: The Sequel to The Handmaid’s Tale

The Testaments: The Sequel to The Handmaid’s Tale

 

[☆☆☆★★] 今さら言うまでもなく、ディストピアは19世紀にドストエフスキーが理論的・思想的に予言。その予言どおり20世紀に全体主義国家が出現したあと、さらにオーウェルが当時の状況を踏まえつつ、21世紀の世界を先取りするかのように恐怖のディストピアを構築。こうした文学史の流れにあって、アトウッドの旧作『侍女の物語』はマイルストーン的な秀作であったが、本書は新たな一ページを刻むほどの出来ではない。〈謝辞〉にあるとおり、全体主義の崩壊過程を描いたものにすぎない。その過程もスパイ小説、陰謀小説でおなじみのサスペンスに満ちているのの、アンブラーやル・カレほどの水準ではなく、主役たちはもっともっと危険な目に遭うべきだった。体制のほころびがテーマのせいか、息苦しい閉塞感という点でも物足りない。残忍な処刑シーンにしても望遠レンズで眺めているような書き方である。そもそも、高い理想を掲げた人間がどうして狂信に走るのか、という根本的な問題が素通りされている。狂信のもたらす恐怖が現象的に描かれているだけで、しかも上のようにそれほど怖くない。事実は小説よりも奇なりと言うが、奇妙でもなんでもなく、今日の世界に現実に存在する全体主義、その予兆のほうがはるかに恐ろしい。その恐怖が本書にほとんど反映されていない点がいちばん不満。とはいえ、この先、フェミニズムと反フェミニズムの対立が先鋭化するともかぎらないし、アメリカ合衆国が崩壊して全体主義国家が誕生するという悲劇を予感している人たちには(そんな人がもしいればの話だが)、本書はじゅうぶん予言的な作品と言えるもしれない。ともあれ、やはり〈謝辞〉によれば、これは老作家が旧作を読んだファンの要望に応えて綴った後日談である。そのサービス精神に敬意を表したい。

2.Quichotte(Salman Rushdie) 

3.An Orchestra of Minorities(Chigozie Obioma) 

5.10 Minutes, 38 Seconds in This Strange World(Elif Shafak) 

(未読につき番外) 

Ducks, Newburyport

Ducks, Newburyport