ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Chigozie Obioma の “An Orchestra of Minorities”(1)

 今年のブッカー賞最終候補作、Chigozie Obioma の "An Orchestra of Minorities"(2019)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

An Orchestra of Minorities: Shortlisted for the Booker Prize 2019

An Orchestra of Minorities: Shortlisted for the Booker Prize 2019

 

 [☆☆☆★★★] 後味はあまりよくない。が、これは現代において悲劇が成立しうる一つの極北を示した力作である。主な舞台はナイジェリアの田舎町。青年養鶏家のチャイノンソが橋の上で、大富豪の娘ナダリの飛び降り自殺を制止した瞬間から運命の歯車が動きだす。その運命とは、まず神的存在が見守るものだ。語り手をチャイノンソの守護霊とすることで、太古の昔から現代にいたるまでナイジェリアの伝統文化を踏まえながら、もはや神の領域を気にかけなくなった人間の心理を観察する。こうした土俗的マジックリアリズムの導入により、通常の叙述形式では不可能な性格描写が可能となり、と同時に、物語的には『オデュッセイア』に接近しつつ、登場人物としては神話の時代からはるか遠くまで来てしまった流れがよくわかり興味ぶかい。運命とはしかし、本書の場合、何と言っても激しい情熱が生み出すものだ。チャイノンソはひたすら愛の道を走る。そこへさまざまな障害が立ちはだかる。階級差別、友人の裏切り、想像を絶するほど過酷な試練。激情ゆえに悲劇に見舞われた人間という「小さな存在のオーケストラ」が奏でる運命交響曲である。ここで本書は、性格悲劇という点でシェイクスピア劇へと接近する。が、チャイノンソにはリア王ほどの偉大さはない。途中、純愛と劣情、至誠と欲望といった内的矛盾を露呈。いかにも現代的な設定ではあるが、困難に出会えば出会うほど小さな人間になっていく。そのためカタルシスを得られないのが本書の最大の難点だろう。とはいえ、チャイノンソは本来、弱者のオーケストラに耳をかたむけ、肝心なときにドジを踏むなど愛すべき存在である。その彼が、ギリシア神話シェイクスピアを連想させながら、矮小化し「はるか遠くまで来てしまった」人間ゆえの悲劇の主人公となる。まさに現代的な悲劇である。