ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Margaret Atwood の “The Testaments”(2)

 このところの冷え込みで風邪をひいてしまい、きょうは寝床のなかで Orhan Pamuk の "A Strangeness in My Mind"(原作2014、英訳2015)を読んでいた。2016年のブッカー国際賞最終候補作である。
 途中評価としては、☆☆☆★★に★をひとつオマケしようかどうか、といったところ。イスタンブールに住む青年 Mevlut がいとこの結婚式に出席。そこで見そめた花嫁の妹 Rayhia と後年駆け落ちするものの、連れ出した相手がなんと別人であることに気がつく。そんな冒頭にぐっと引き込まれるが、その後の展開は期待はずれ。波瀾万丈とは言いがたいからだ。
 Mevlut は Rayiha と結婚後、イスタンブールで軽食やヨーグルト、ボザというトルコの伝統的な発酵飲料などの行商で生計を立てるが、ある夜、強盗に襲われてボザ売りを断念する。このエピソードが駆け落ちとあわせて紹介されたあと、話は Mevlut の少年時代にまでさかのぼり、そこからまた駆け落ちと強盗事件へと戻っていく。オーソドックスな筋書きで盛りだくさんの内容だけど、要するに定番の青春小説、ロマンス、ホームドラマ。いま読んでいるのは、Mevlut が二児をもうけたのちにやっと上の勘違いに気がつき、さてどうなるか、といったくだり。そこでぼくの評価もブレはじめたわけだ。
 ともあれ、これを読みたくなったのは、今年のブッカー賞最終候補作、Elif Shafak の "10 Minutes, 38 Seconds in This Strange World"(☆☆☆★)も同じくイスタンブールが舞台だったから。較べると、あちらより読み応えがあるのは明らかだ。トルコの伝統文化や近代化の流れなど、背景がたっぷり書き込まれているからである。
 と、ちょっぴり書いただけでもうくたびれた。そろそろ本題に移ろう。Margaret Atwood の "The Testamants" は "The Handmaid's Tale"(1985 ☆☆☆☆)の続編ということで、出版前から大評判だったし、発売直後から英米アマゾンでベストセラー。ぼくも大いに期待して取りかかり、しばらく読んだ時点では「たぶん☆☆☆★★★は堅い」と思った。ところが、そのうち「やや文学的深みに欠ける」ように感じられ、その欠点らしきものがどう解消されるか見守ることにした。
 そこでたどり着いた結論は☆☆☆★★。★をひとつ減らしたのは、最後まで文学的な深みが足りなかったからである。どこがどう不満なのかは、レビューで明らかにしたつもりだ。 

 というわけで、本書が Bernardine Evaristo の "Girl, Woman, Other" と並んで栄冠に輝いたと知ったときは、思わず「えっ」と叫んでしまった。まったく意外でした。選考の理由は読んでないけど、話題づくりの受けねらい?とちょっぴり疑ったほど。
 レビューにも書いたとおり、ディストピア小説といえば、何と言ってもドストエフスキーオーウェルを想起せざるを得ない。ほかにも Yevgeny Zamyatin の "We"(1920 恥ずかしながら未読)や、Aldous Huxley の "Brave New World"(1932 ☆☆☆☆★)などが有名だけど、"Demons"(1871-72 ☆☆☆☆★★)と "Nineteen Eighty-Four"(1949 ☆☆☆☆★★)の両書を比較すれば、ドストエフスキーが練ったアイデアオーウェルが具体化したのがディストピア小説と言っても過言ではあるまい。(Zamyatin については、英訳を読んでから評価したい。後記:その後読了)。  ふたりに共通しているのは、その洞察力と先見性である。まず、それぞれが置かれた国内外、ひいては世界的状況のなかで発生しつつあった、あるいは厳然と存在していた全体主義の本質を鋭く見抜いていること。つぎに、その本質から生じうる将来の事態を正確に予測していたことだ。そして恐ろしいことに、その事態は今日もなお続いている。
 こうしたフィクションと現実との相関性を振り返れば、いまもし新しいディストピア小説の傑作が生まれるとしたら、ふたりの巨人のような洞察力と先見性にもとづくもの、というのが絶対条件だろう。ほかにどんな条件があるのか、ぼくには想像もつかない。(ここで突然、メルヴィルを思い出した。"Moby-Dick"(1851 ☆☆☆☆★★)をディストピア小説として位置づけるのは突飛な発想に聞こえるかもしれないが、あの名作の根底には全体主義にかかわる問題が潜んでいる)。 

 と、こんなふうに猛ダッシュ文学史を復習してみると、Atwood の "The Testaments" が「新たな一ページを刻むほどの出来ではない」というぼくの評価は、これがブッカー賞を受賞したからといっても変更の余地なし。なにしろ「独断と偏見が身上」ですからね。
 とはいえ、本来数回にわたって詳しく論ずべきところ、きょうはまことに粗雑な感想を述べたにすぎない。「だからお前はだめなんだ」という亡き某先生のお叱りの声が聞こえる。が、なにしろ風邪をひいて頭が痛い。きのうなど38度も熱が出たほどだ。もう寝ます。
(写真はモン・サン=ミシェル。今年の夏、城壁の道から撮影)

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