ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Yevgeny Zamyatin の “We”(1)

 諸般の事情で途中、何度か中断しながらも、おとといやっと Yevgeny Zamyatin の "We"(1920)を読了。ロシア語版原書の刊行年は Penguin 版の記述による。きのうレビューを書こうと思ったが書けなかった。きょうはどうだろう。 

We

We

 

 [☆☆☆★★★] 周知のとおりディストピア小説の古典のひとつだが、意外にもメロドラマの要素があり楽しかった。しかもそれが、男は女の誘惑に弱いもの、というアダムとイヴの昔から変わらぬ定番の筋書きにのっとりつつ、感情の自在な抑制は不可能という人間の真理へと発展している。つまり、ひとの行動は外面的には規制しえても、精神生活まで完全に支配することはできない。まさしく全体主義へのアンチテーゼだが、それを権力で圧殺するテーゼの示しかたが秀逸。国家による性生活の管理という発想はいかにもSF的で、かつ先見性に富んでいる。刊行後現代にいたるまで、全体主義ナショナリズムと結びついたとき、人種政策にもとづく大虐殺、民族浄化が起きているからだ。ここで描かれる自由なき絶対無謬の世界とは、もとよりロシア革命後の一党独裁体制をフィクション化したものだが、その独裁は現実には恐怖政治と血の粛清をもたらしている。本書でも監視や処刑は行われるものの、史実のほうがはるかに恐ろしい。ともあれ、全体主義の恐怖をなんども経験したはずの人類がいまなおディストピア的な国家を有し、それを容認する勢力が民主国家のなかにも存在する点を考えると、本書におけるディストピアの勝利とは、人間にはもともと全体主義への願望があることを示唆しているのかもしれない。