ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Yevgeny Zamyatin の “We”(4)

 世間には「コロナ疲れ」という言葉があるそうだが、ぼくは「コロナ・ニュース疲れ」。当初こそ、自分は何ができるか、何をすべきか、何をしてはならないか、という観点からいろいろ知識を得ようとしたものだけど、そのうちフェイクニュース偏向報道とりまぜ、同工異曲のあふれるような情報にうんざりしてしまった。
 いまでは、食事どきにテレビで関連する番組を見たり、新聞や、新聞広告に載った雑誌、およびネットニュースの見出しを拾い読みしたりする程度。それだけでも大きな流れは十分つかめる。むろん、上の3点にかかわると思ったニュースや記事は追いかけている。
 情報洪水のなかで、ぼくがいちばん共感を覚えたのは、今月号の某月刊誌に載っている「人(国)みな本性を現わす」という記事。これも広告の見出しで知った。内容はおおよそ見当がつくので実際に読む気はしないが、わが意を得たり。才気煥発なはずの女性国際政治学者が平然と臆測でコメントを述べるのを聞いたときは、え、と思わず耳を疑ったものだ。似たような例はほかにいくつもあるし、この人、この新聞・雑誌・テレビ局ならさもありなん、と思った例にいたっては枚挙にいとまがない。
 かく言うぼくも例外ではない。最近の記事で、いつにもましてヘソ曲がり、あまのじゃくぶりを発揮している。こんな事態でなければ、"We" の落ち穂拾いはもっとオーソドックスなものだったはずだ。
 けれど、きょうも前回のつづきから。集団ヒステリー型の全体主義社会における個人とは、「ざるのなかの小豆」のようなものだが、「山椒は小粒でもぴりりと辛い」のことわざどおり、小豆から山椒に変身する、しようとする手がある。
 まず、自分もまた周囲の動きに流されやすい小豆であることを自覚することだ。そのうえで、なるべく自分の頭でものを考える。しかしこれ、言うは易く行うは難し。自分の頭で考えているようで、実際には小豆であればあるほど、他人の頭で考えていることが多い。そう自省することも、山椒になるうえで欠かせない過程のひとつである。
 つぎに、自分の頭では何も考えられないと思ったら、いっそ他人の頭で考える。先人の知恵に学ぶことだ。先人の血のにじむような努力を知ることだ。幕末、みずから版木を掘って『海国兵談』を著した林子平ひとり思い出しただけでも、小豆ではない日本人もいたことに勇気づけられるだろう。
 山椒たらんと願うぼく自身は、若いときに読んだ書物が役に立っている。それも毒をふくみ、苦い真実を教えてくれたものだ。おかげで、べつに苦くもない真実さえ語らない学者・評論家のコメントを聞くと、ついヘソを曲げてしまう。自粛の一件にしても、罰則のない法律はザル法だ、と(ぼくの知るかぎり)なぜだれも言わないのか。世界各国と日本の対応の相違について、日本の常識は世界の非常識、と昔から言われていることをいま(同上)なぜ言わないか。真実を避けて通る言論はじつにむなしい。
 ついでに言うと、記者の質問にたいして、強制されないと実行しない、と若者が答えている場面をテレビで見た。とたんに思い出したのが、「自由とは、所詮、奴隷の思想ではないか」という福田恆存の至言。1956年に刊行された『人間・この劇的なるもの』の一節である。福田の評論には苦い真実が充ち満ちている。
 以上が、集団ヒステリー型の全体主義社会における処世術。観念型の場合はどうか。さらに苦難の道が待っている。
 たとえば "We" では、「人間の行動を外面的に規制しえても、精神生活まで完全に支配することはできない」ことが、「全体主義へのアンチテーゼ」となっている。が結局、本書はディストピアの勝利に終わる。いくら心のなかでアンチテーゼをもっていても、それを圧殺してしまう強大な力が観念型の全体主義にはある。カンボジアポル・ポト政権時代、一説によれば、わずか4年間で国民の約3分の1が虐殺されたそうだが、事実は小説よりも恐ろしい、としか言いようがない。
 ひるがえって、"We" ではイマイチその恐ろしさが伝わってこない。なんだか遠慮して書いているような印象さえ受ける。とはいえ、"We" の刊行後、血の粛清があったことを考えると、その遠慮は恐怖の反映だったのかもしれない。(この項つづく)

(写真は、石川県ヤセの断崖のすぐ近くにある義経の舟隠し。2月に撮影。ほっと石川旅ネットによると、「義経と弁慶らが、奥州へ下る途中、荒波を避けるため舟を隠したと伝えられている入り江の岩場」)

f:id:sakihidemi:20200218122755j:plain