ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

José Saramago の “Blindness”(1)

 ポルトガルノーベル賞作家 José Saramago(1922 – 2010)の "Blindness"(1995, 英訳1997)を読了。実際に使用したテクストは Harvill Press 版。さっそくレビューを書いておこう。

Blindness

Blindness

Amazon

[☆☆☆☆★] 破滅テーマSFの傑作である。ある日突然、人びとがつぎつぎに失明するという設定は『トリフィドの日』と似ているが、いくつか異なる点もある。まず、盲人たちを襲うのが食肉植物という人間以外の生物ではなく、人間自身であること。政府は失明の伝染性を疑い患者や濃厚接触者を隔離するが、施設内で食料の争奪戦が勃発。また監視中の兵士がパニックを起こして銃を乱射するなど、危機に直面して本能的、動物的に行動する人びとの姿があますところなく描かれる。むろん、なかには「人間らしく生きられなくても、せめて動物のようには生きないようにしよう」と懸命につとめる良識派もいて、こうした理性と本能、良心と欲望のせめぎあいから生じた不条理な混乱ゆえに、「全世界がまさしくここにある」。すなわち、危機を通じて人間性の本質が露呈するところに、上の娯楽作品との決定的なちがいがある。道徳的な難問が提出されるのも大きな相違点のひとつだ。隔離施設内では、食料を独占してほかの入所者から金品を、さらには女性の身体まで要求する悪党一味も出現。そこで良識派は、飢えをしのぐか人間としての尊厳を守るか、悪党の言いなりになるか悪党を倒すか、という苦しい選択を迫られる。このとき完全正解はありえない。悪人を殺しても殺さなくても、善人のままではいられないからだ。最初の患者たちが施設の外へ出てみると、市中に奇病が蔓延した結果、そこは盲人たちが亡霊のようにさまよい、汚物や排泄物が散乱した死の世界。時にサスペンスが高まり、すさまじいアクション・シーンもあるなど物語性にもすぐれる一方、終末の世界でひとはどう生きるべきか、と深く考えさせられる傑作である。