ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Heinrich Böll の “The Lost Honor of Katharina Blum”(1)

 先週ジブリパークへの旅行の行き帰り、新幹線のなかで読みはじめたドイツのノーベル賞作家、Heinrich Böll(1917 - 1985)の "The Lost Honor of Katharina Blum"(1974, 英訳1975)を数日前読了。諸般の事情で、レビューをでっち上げるのがきょうまでズレこんでしまった。なんとかがんばってみよう。

The Lost Honor of Katharina Blum (Penguin Classics)

[☆☆☆★★★] 古くはオーウェル、近いところでエーコが警鐘を鳴らしたマスコミの偏向報道をいち早く本格的に扱った秀作。偏向というより、むしろ虚偽と曲解、臆測に充ち満ちた記事により、ひとりの女性カタリーナの名誉が回復不能なまでに毀損される。その事件が起きた1970年代ならまだしも、まさか現代ではこれほどの人権侵害、人格攻撃をメディアが行なっているはずもなかろう、と思いたいところだが現実はさにあらず。言論の自由と社会正義の名のもと、新聞週刊誌が自社の主張に反する相手をとことん断罪する例は枚挙にいとまがない。その極端に偏った報道を、なにもよく考えない一般大衆も真に受け、いわゆる世論が形成される。反論は無視され、当人の名誉は「回復不能なまでに毀損される」。本書はそうしたプロセスを犯罪捜査のなかで描いたもので、犯罪自体は平凡でミステリ的興味も薄いが瑕瑾。マスコミの偏向と衆愚というすこぶる現代的な問題を採りあげた先駆的作品のひとつとして、その意義は今日ますます高く評価すべきものと思われる。