ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William Faulkner の “The Unvanquished”(3)

 また大事件が起きた。コロナ渦にはじまり、ウクライナ侵攻、そして今回の暗殺と、この数年、それまでほとんど予想されなかったような重大事件が連続している。三つの事件にそれぞれ関連はないが、coincidences にはちがいない。
 過去にも、そういえばあのときが歴史の転換点だった、と結果論的にいえるような時期があったと思う。もしかしたら、最近の coincidences についても、同じことが当てはまるかもしれない。日本をふくめ世界の状況が本質的には不変であるとしても、現象的にいま、一変する時代を迎えているのかもしれない。なにがどう変化するのか、しつつあるのか、今後の動向を注視する必要がありそうだ。こんな泡沫ブログで声をあげてもナンセンスなのだけれど。
 とそんなイントロになったのは、いま読んでいる Saramago の "Blindness" がどうやら、突然発生した危機的状況と、それに巻き込まれた人びとの反応、そこで露呈する人間性の本質をテーマにした作品のようだからだ。切羽のさいほど、人間にかんする真実が見えてくるものである。上の coincidencesでも同じだろう。その真実をフィクションのかたちで描くのが文学という意味で、Saramago はホンモノの文学者だと思う、いまのところ。
 閑話休題。ぼくが英語で海外の純文学を楽しむようになったのは、2000年の夏、きっかけは忘れたけど "Anna Karenina" を英訳で読んでから。Faulkner の "Light in August" にもさっそく手をつけた。前回書いたように、「Faulkner も読んだことがないのに英米文学をカジったといえるのか」という Faulkner コンプレックスがあったからだ。
 以来、表題作で16冊めの Faulkner。あしかけ20年以上もかかったが、これでたぶんヨクナパトーファ・サーガは完読。やっとコンプレックスがだいたい消えたような気がする。
 そこで学生時代をふり返ると、まわりの彼も彼女もたぶん、過去記事「なにから読むか、フォークナー」でいえば、もっぱら最初の6冊をめぐってケンケンガクガクやりあっていたのではないか。

 番号が下がるほどだんだんコアになり、今回の "Unvanquished" はといえば、ぼくもじつは何年か前、Wiki を調べるまで知らなかった。ヨクナパトーファ・サーガとしては、時代的に第1作の "Flags in the Dust (Sartoris)" よりもさらに古く、南北戦争の戦中・戦後の混乱期を扱った連作短編集である。

 邦題は『征服されざる人々』。セシル・B・デミル監督の西部劇にも同名の作品があるが、あちらの原題は "Unconquered"。観たおぼえはあるけれど、印象にのこっていない。Faulkner 原作でないことはたしかだ。
 Webster's New Dictionary of Synonyms によると、conquer は usually implies a large and significant action (as of a large force in war) or an action involving an all-inclusive effort and a more or less permanent result で、vanquish のほうは suggests a significant action of a certain dignity usually in the defeat of a person rather than a thing and usually carrying the suggestion of complete defeat とのこと。ざっくりいえば、征服の対象が国家か個人か、というちがいだろか。
 その点、本書の主人公「私」もさることながら、通称 Granny こと Rosa の活躍がとても印象的。この老女、「私」がウソをついたりすると石鹸で口のなかをすすがせるくせに、自分は北軍の兵士相手に愉快な詐欺を働いたりして、なんとも面白い。前半の圧巻は、北軍の将校が家宅捜索に訪れたとき、Rosa が「私」と奴隷の黒人少年をスカートのなかに隠して、将校と「対決」するシーンだろう。まさに the unvanquished である。
 それからもちろん、「私」のいとこ「ドルシラがベイヤード(私)に思いを寄せ、ベイヤードが横死した父の仇と対決する第7話が全篇の白眉」。「信念と信義をつらぬく男たちの心意気こそ、女たちの勇気と愛ともども、『征服されざる精神』の根幹をなすものではないか、と思われるのである」。
 英語は Faulkner にしては簡単。読んだ順番はたまたま最後になったけど、上の時代設定からいっても、もしまだ未読なら、これはわりと早い時期に取り組んでもいいのでは。ぼく自身はといえば、あと気になるのは短編集だけとなったが、きっとしんどいだろうな。Faulkner コンプレックス、いつになったら完全に解消するのだろうか。

(下は、この記事を書きながら聴いていたCD)