ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Peter Handke の “A Sorrow Beyond Dreams”(2)

 遅ればせながら、今年の全米批評家協会賞(対象は去年の作品)の最終候補作をチェックしたところ驚いた。なんと Mieko Kawakami の "All the Lovers in the Night" がノミネート! 原作は2014年刊だが、どうやら昨年英訳が刊行されたものらしい。周回遅れのニュースですね。
 もちろん原作も未読。アマゾンで検索したら「購入済み」との表示があったので、日本の現代文学コーナーの書棚をながめると、たしかに積ん読中だった。

すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫)

 かくなるうえは、ぜひ受賞してもらいたいものだ。英語で読む手間が省けていい、というヨコシマな期待半分なのだけど。
 ついでにいうと、日本文学のほうはもっか、『ことり』と奮戦中。小川洋子は好きな作家なのだが、なにしろ寝床読書なので、いつのまにかコットリ寝入ってしまう。くだらんオヤジギャグでスミマセン。
 閑話休題。表題作はフィクションだと思って読みはじめた。それがじつは、Peter Handke 自身の自殺した母 Maria の思い出を綴ったものだとわかったのは、なんと通読後、さてレビューをでっち上げようとしたとき。いったい何周遅れなんだろう。

  それでも Wiki には、semi-autobiographical novella としるされている。だから完全な実録ではなく小説でもあるわけで、とりわけ心理面については、いくらじつの母のこととはいえ、多少なりとも想像というか、フィクション化せざるをえなかったのではないか。
 少女時代の母のエピソードで興味ぶかかったのはナチス体験。"We were kind of excited," my mother told me. For the first time, people did things together. Even the daily grind took on a festive mood, "until late into night". For once, everything that was strange and incomprehensible in the world became part of a larger context; even disagreeable, mechanical work was festive and meaningful. Your automatic movements took on an athletic quality, because you saw innumerable others making the same movements. A new life, in which you felt protected, yet free.(p.20)
 1938年4月10日に実施された国民投票で99%の賛成票により、ドイツとオーストリアの合併(アンシュルス)が決まったときのオーストリア市民の熱狂ぶりである。そんな時代がほんとうにあったことを実感させる小説家らしい筆致だ。ちなみに、ユダヤ人の立場からアンシュルスを描いたのは Veza Canetti の "The Tortoises"(1939 ☆☆☆★★)。

 それにしても、「肉親の死について語るのは気が重いものだ。ましてそれが自殺した母のこととなると、なにをどう述べたらいいのか」。
 Handke はいう。... I cannot fully capture her [my mother] in any sentence, ... in short, it [this story] is a record of states, not a well-rounded story with an anticipated, hence, comforting, end. At best, I am able to capture my mother's story for brief moments in dreams ... (pp.37-38)
 虫食いでわかりにくい引用だが、ぼくはこうまとめてみた。「ハントケにとって母は結局『完全にはとらえきれぬ』存在。(そこで彼は)『夢のなかの瞬間』、完結性のない個々の状態の記録に徹することを決意する」。
 実際、このくだりを過ぎたあたりから、「即物的ともいえるほど極力感情移入を排し」たスタイルがはじまり、Handke は「母の手紙をまじえながらその衰弱ぶりと、自身の精神状態を『率直かつ正直』に綴っ」ている。その心情を要約したことばがタイトルの a sorrow beyond dreams ではなかろうか。
 ともあれ、えらく重い novella だった。さいわい、ぼく自身の母はまだ存命だが、先のことを思うと、This story ... is really about the nameless, about speechless moments of terror.(p.37)という Handke のことばが胸に突き刺さってくる。拙句だが、
 母の背に負はれてあふぐ蛇の目傘