ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Peter Handke の “A Sorrow Beyond Dreams”(1)

 オーストリアノーベル賞作家 Peter Handke(1942 - )の "A Sorrow Beyond Dreams"(1972, 英訳1974)を読了。1971年に自殺した Handke の母 Maria の思い出が綴られた作品である。さっそくレビューを書いておこう。

A Sorrow Beyond Dreams (Pushkin Collection) (English Edition)

[☆☆☆★★] 肉親の死について語るのは気が重いものだ。ましてそれが自殺した母のこととなると、なにをどう述べたらいいのか。そう迷いつつ、ペーター・ハントケはこの回顧録をしるしている。ナチス台頭期に娘時代をすごし、第二次大戦の戦中戦後を生きぬきながら、突然みずから命を絶った母。歴史の激変のほか、社会的圧力、悲惨な結婚生活、貧困と苦難など、彼女の人生行路を大きく左右した要因も断片的に挙げられるが、ハントケにとって母は結局「完全にはとらえきれぬ」存在である。母が家の内外で演じわけようとした性格や貧困の分析にも紙幅をさいたのち、ハントケは「夢のなかの瞬間」、完結性のない個々の状態の記録に徹することを決意する。後半、即物的ともいえるほど極力感情移入を排し、母の手紙をまじえながらその衰弱ぶりと、自身の精神状態を「率直かつ正直」に綴ったくだりは感動的。タイトルどおり、「夢のかなたの悲しみ」がしみじみと伝わってくる佳篇である。