ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2022年ブッカー賞発表とぼくのランキング

 今年のブッカー賞は、スリランカの作家 Shehan Karunatilaka の "The Seven Moons of Maali Almeida"(2022)が受賞。本来なら「受賞!」と書くところだが、ふたつの理由で感嘆符はカットした。
 まず、前回の記事で発表した予想どおりだったこと。予想の根拠は、これが「マジックリアリズムを駆使している点で、いかにも『ブッカー賞タイプ』らしい作品だから」。けっして作品自体の出来ばえから判断したわけではない。
 点数的にはむしろ、"Small Things Like These" のほうが上だと思った。しかしあちらは「『小さな説』という小説にふさわしく単純」な物語。その点がブッカー賞にはどうかな、と引っかかった。ぼく自身、そんなことを考えて予想したのははじめてで、いわば政治的判断みたいなもの。そんな予想が当たっても、素直に喜べるわけがない。
 受賞作はというと、読んでいる途中の暫定評価は☆☆☆★★★。「けっこうおもしろく、この快調がつづけば実際受賞するかも」「優勝をうかがう勢い」と期待したのだけど、最終的には★ひとつ減点。その理由はいま、レビューの落ち穂ひろいで説明しているところだ。

 つぎに、これは受賞作をふくめ最終候補作全体についていえることだが、ぼくにはどれも、一次候補作の "The Colony" よりすぐれた作品とは思えなかった。とりわけ、下のランキングで3位以下は、どうしてこんなものがショートリストにのこったのか、さっぱりわからない。結果的にドングリの背くらべのなかで、ほかよりちょっぴり背の高かった "Small Things ...." と"Seven Moons .... " のうち、後者が受賞。感嘆符を省略するのが当然でしょう。例年、ブッカー賞の低調ぶりを嘆くのは決まりごとかもしれないけれど、今年はほんとうに低調だった。
 その原因について考えてみると、どうも設定のユニークさに頼りすぎた作品が多いのではないか。死者が現世と来世を行ったり来たりする(Seven Moons)、死体が忽然と消えたり現れたりする(Trees)、動物たちが現代史の流れを語る(Glory)、少年が鏡の内外や、夢と現実の世界を往復する(Treacle Walker)。そのわりにテーマは従来のものと変わらない。内戦と政治の醜悪な現実(Seven Moons)、人種差別(Trees)、ディストピア(Glory)、カオス(Treacle Walker)。
 むろん、もはや語るべきことはほとんど語りつくされた現在、昔ながらの小説を書いていたのでは高い評価を得ることはできない(Oh William!)。いきおい、視点を変え、設定や語り口を工夫するしかない、というのが洋の東西を問わず、現代作家に共通する悩みのタネかもしれない。
 そんな厳しい状況のなかにあって、テーマこそ斬新とはいえないけれど、やはりうまいなあ、いい点をついているなあ、と思える作品に出会うことがときどきある。今年のブッカー賞レースでいえば、"The Colony" と "Small Things Like These" だ。
 どちらも北アイルランド紛争が激しかった時代の物語だが、両書とも、ロシアによるウクライナ侵攻という未曾有の事態にもじゅうぶん当てはまる問題を内包している。しかも、よく書けている。「感服した」(Colony)、「泣けた」(Small Things)というのは正直な感想です。
 さて、今年の候補作はどれも、昨年、もしくはそれ以前から構想が練られていたはずだ。それゆえ、昨今の国際情勢について大なり小なり考えるヒントが得られる点はあっても("Oh William!" をのぞくすべて)、それに即応して書かれたものでないことは明らかだ(※後注)。しかしながら、来年はそういうわけにもいくまい。題名から察するに、Orhan Pamuk の "Nights of Plague"(2022 未読)など、コロナ渦を題材にした作品は書かれつつあるようだが、来年はおそらく文学の世界でもウクライナ問題が扱われるのではないか。それがどんなかたちで現れるのか見守りたいところだ。

Nights of Plague

 最後に、例年どおり個人的なランキング順に、受賞作をふくむ最終候補作のレビューを再アップしておくが、今年は上の事情で "The Colony" を無視するわけにはいかない。変則的なリストになりました。

(私的ベストワン)The Colony(☆☆☆☆)

1. Small Things Like These(☆☆☆★★★)

2. The Seven Moons of Maali Almeida(☆☆☆★★)

3. The Trees(☆☆☆★)

4. Glory(☆☆☆★)

5. Treacle Walker(☆☆☆★)

6. Oh William!(☆☆☆★)

(※注)"The Colony" もふくめた7冊の候補作に共通するキーワードは「混乱」ではないか、と後日気がついた。この点については、あらためて考えてみようと思っている。