ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Robert Walser の “Jakob von Gunten”(1)

 きのう、スイスの作家 Robert Walser(1878 – 1956)の "Jakob von Gunten"(1909, 英訳1969)をやっと読了。Walser のことは、いまから10年ほど前、優秀な英文学徒T君に教えてもらった。以下のレビューは、彼の墓前に捧げるものである。

[☆☆☆★★] たしかに青春小説にはちがいない。がしかし、ここには青春小説に独特のほろ苦さがみじんもない。恋や冒険を通じて挫折を知り、おとなへと成長する一般的な通過儀礼とちがって、上流階級の少年ヤーコプが家を飛び出し、召使いの養成学校に入学して学んだのは、みずからの存在が「無」であることだった。ヤーコプは生徒たちや校長とその妹など、出会った相手をつぶさに観察。鋭敏かつ繊細な感覚でものごとをとらえ、さまざまな思索を手記に綴る。それは「人生を根源から学びたい衝動」の発露だが、その試みは不条理な現実に帰着する。校長の妹に思いを寄せるヤーコプが夢と幻想のいりまじったシュールな世界に迷いこむように、現実そのものが揺らぎ、彼の思索はたえず断片のまま彷徨をつづけ、やがて「存在の無」「考える生活の放棄」へとたどり着く。作者はそれを「ヨーロッパ文化からの逃走」と形容している。それはもしかしたら理性を重んじる啓蒙思想への反逆だったのかもしれない。カフカが愛読したという作家ローベルト・ヴァルザーらしい問題作である。