ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Susan Choi の “Flashlight”(1)

 今年のブッカー賞最終候補作、Susan Choi の "Flashlight"(2025)を読了。Susan Choi(1969 - )は韓国系アメリカ人作家で、第5作 "Trust Exercise"(2019 ☆☆★★★)で2019年全米図書賞を受賞。5, 6年に一冊のペースで創作活動をつづけている。さっそくレビューを書いておこう。

Flashlight

Flashlight

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[☆☆☆★★★] 英米文学史上、本書は日韓の拉致問題を本格的に扱ったはじめての作品ではなかろうか。ただし、日本人被害者とその家族が登場するのは中盤をすぎてから。拉致事件そのものも当初は闇のなか。おそらく英米の読者はすぐにはピンとこないだろう。懐中電灯をのこしたまま海辺で失踪、溺死と推断された父、砂浜で気絶、瀕死の状態で発見された幼い娘ルイザ。太平洋戦争中および戦後、日本で辛酸をなめた朝鮮人の少年セルク・カン。アメリカに渡り大学教授となったセルクの妻アン。アンと前夫とのあいだに生まれた息子で、セルクたちと日本で交流のあったトバイアス。輪舞形式で視点が変化するうち、ジグソーパズルのピースが組みあわさるように人物関係が見えてくる。日本人読者としては、セルクが少年時代を過ごし、家族を連れて関西の大学に赴任したときの日本の生活風景がじつにリアルで興味ぶかい。当時の世相をよく反映した家庭小説・青春小説としても出色の出来である。しかしセルクの失踪後、アメリカに帰国したアンとルイザの新生活がはじまってから山場が少なく、ふたりの対立やルイザの放浪、アンと新しい相手との交際など、どれも日常茶飯事だけに精細な描写が冗長に思える。失踪事件の謎が解明される過程もサスペンス不足。ともあれ拉致問題といえば、小説としては政治に翻弄された家族の愛と絆がテーマのはずで、作者もその定石を踏みつつ、極力感傷を排し、また安直な政治的プロパガンダも避けている。乏しい北朝鮮関連の情報から説得力のある物語を組み立てた点もみごと。ただ、アダム・ジョンソンの『半島の密使』とちがって奇想天外な面白さはない。本来アイデア豊かな作者がリアリズムに徹したのは、拉致問題が作者にとってそれだけ切実な問題であることの証左ではなかろうか。