ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Dostoyevsky の “The Idiot”(2)

 恥ずかしながら、『白痴』を完読したのは今回が初めてだ。まず学生時代、ドストエフスキーについて調べる必要があったとき、邦訳で途中まで読んだのだが、結局締め切りに間に合わず、ベルジャーエフの『ドストエフスキーの世界観』でごまかしてしまった。それとも、あれはアンドレ・ジイドのドストエフスキー論だったか。いずれにしろ、研究書の内容までは憶えていない。次に挑戦したのがペンギンの英訳版で、これまた若い頃の話。そのとき読みやめた理由は、たぶん、多忙で読書どころではなくなったせいだろう。とにかくこれでまた一つ長年の宿題を片づけたことになり、ほっとしている。
 ぼくが海外文学のとりこになったのは、8年前の夏、『アンナ・カレーニナ』を英訳で読んだのがきっかけだ。以来、夏になるとロシア文学の古典も英語で親しむようになり、その「成果」は昨年10月13日の日記に大体まとめている。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071013/p1     
 ドストエフスキーについておしゃべりを始めたら切りがないし、今日はこれから田舎に帰省するので、話を簡単にまとめると、ドストエフスキーは本当にとんでもない天才だ。そんな賛辞が意味をなさないほどの大天才だ。
 ぼくは今までもっぱら、地下生活者やラスコーリニコフ、スタヴローギン、ピョートル・ヴェルホーヴェンスキー、イワン・カラマーゾフたちの系譜、そして大審問官説話の観点からドストエフスキーをとらえていたのだが、そういう「思想の巨人」としてだけでなく、やはり小説の巨匠として接するべきだった。学生時代に『白痴』を読みそこねたのは、痛恨の極みと言うしかない。
 いくつか小説家としての名人芸を挙げると、まず、登場人物が何人に上るのかは知らないが、とにかくこれだけの大人数をよくまあ破綻なく動かし、しかも、それぞれ生きた人間として描きわけられることか。飲んだくれの将軍など、端役なのに鮮やかに記憶に残っている。丁々発止の会話にしても、呆れるほどうまい。
 それから、絶世の美女どうしの「対決」をはじめ、各山場の盛りあげ方の絶妙なこと。感情の起伏の激しい人物が多いゆえ、たとえばサイレント映画の大女優、グロリア・スワンスンの演技でも見ているようだが、やはり迫力満点である。
 …もう時間がない。この続きはまた、田舎から帰ったときにでも。