「たとえば夏の日盛り、木陰で読めば至福のひとときを過ごせるだろう」と昨日のレビューにも書いたとおり、これは絶好の夏読書向きの本だ。たしか7、8月頃、しばらくアマゾンUKのベストセラー・リストに載っているのを見かけ、魅力的な表紙から内容を想像して注文した。その後、ひたすらブッカー賞の候補作を読みつづけることになり、本書は積ん読のままだった。読了後の今はとても満足しているが、それでもやはり夏の木陰で読みたかったな、という思いは消えない。
内容的には他愛もないといえば他愛もない。べつに深い洞察があるわけではないし、ミステリアスな作品を読むときにぼくが定めている、「それが解くに値する謎かどうか」という基準から見ても物足りない。「その謎が解かれることによって、なるほど人間にはこんな側面があったのか、人生にはこんな厄介な問題があったのか、と目から鱗が落ちるような思いをする文学作品」とは言えないのである。
だが面白い。これは上のような定規で測るのが間違っている。何かあるテーマを追求する純文学ではなく、ストーリー重視型の文芸エンタメ路線だからだ。「起伏に富んだプロット、手に汗握るというほどではないにしても適度のサスペンス、感情移入しやすい人物の造形」といった美点により、読者を十分楽しませる上々の仕上がりとなっている。
少しステロタイプかな、と思える人物も登場するが気になるほどではない。むしろ、おカタイ本ばかり読みつづけてきたあとだけに、こういうロマンス系統の物語に接するとホッとする。出版界の景気がいい時代なら、版権を取得している会社もあるかもしれない。