ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2010年全米図書賞発表(2010 National Book Awards)

 今年の全米図書賞(National Book Awards)が発表され、小説部門では Jaimy Gordon の "Lord of Misrule" が栄冠に輝いた。

Lord of Misrule

Lord of Misrule

 事前に読んだ候補作の中では Nicole Krauss の "Great House" がいちばんいいと思ったが、ややパンチ不足の感は否めず、たぶん落選だろうと予想していた。Peter Carey の "Parrot and Olivier in America" は、ブッカー賞の最終候補作でもあったので世評は高いかもしれないが、ぼくは然るべき理由があって評価できない。Karen Tei Yamashita の "I Hotel" にいたってはまったく波長が合わず、序盤で挫折。従って、のこり2冊のどちらかが受賞するのでは、と思っていたところへ上のニュース。ぼくは未読だが、魅力的な表紙だし短めなのでさっそく注文しておいた。
 ちなみに、"Great House" と "Parrot and Olivier in America" のレビューを再録しておこう。
Great House

Great House

 夫婦であれ親子であれ、はたまた恋人同士であれ、おたがいに長く接するうちに心の歴史がくりひろげられ、その関係が濃密であればあるほど葛藤も深まる。あるいは、たとえ一瞬の関係であっても、それが強烈であればあるほどその後の人生を支配する。そんな平凡な真理に胸をえぐられる秀作短編集。4つの物語が前後2部に分かれて収められ、1話を除いてそれぞれ同じ主人公の内的モノローグが続く。各話をつなぐ糸はユダヤ人とエルサレム、そして時代物の大型デスク。数奇な運命によって机の持ち主が変わり、それぞれの所有者が、もしくはその近親者が交代で4半世紀以上におよぶ人生をふりかえる(1話のみデスクとは無関係)。どれも人間関係とは葛藤や緊張の連続であることを改めて思い知らされる好編で、相手との反目や断絶、自分自身の孤独や喪失、挫折といった負の感情に深い愛情が織りまぜられ、人を愛するほどに傷つき、傷つくほどにまた愛する、という人生の現実に茫然とならざるをえない。たとえば第3話では、長年連れ添った妻がアルツを患った末に他界、その晩年に寡黙な妻の秘密が明らかになる。全編の白眉と言えるだろう。内容にふさわしく英語はじっくり丹念に彫琢した文章だが読みやすい。
Parrot and Olivier in America

Parrot and Olivier in America

 19世紀前半、草創期のアメリカを主な舞台にした歴史小説。動乱の続くフランスを逃れて渡米した青年貴族と、数奇な運命の果てに青年と出会ったイギリス人の召使いが主人公で、二人の視点から交代で珍道中が語り継がれる。冒険活劇に始まり、コミカルなドタバタ騒動もあれば、青年が召使いの恋人に熱をあげて三角関係になったり、はたまた美しいアメリカ娘に恋をしたりといったメロドラマもあるなど、個々のエピソードはけっこう楽しい。それらを通じて、熱にうかされたような富の追求や自由の享受といった当時のアメリカの状況が次第に浮かびあがる一方、青年が貴族ゆえに味わうカルチャーショックは同時に通過儀礼でもあり、その点に絞れば青春小説のおもむきもある。視点の変化のほか、過去と現在の話が巧妙に織りまぜられ、手紙文も混じるなど、語り口にプロ作家の熟練の業が光り、饒舌な文体と相まって読みごたえのある作品に仕上がっている。だが、作者の歴史観はごく常識的なもので、この有名な時代をモチーフとして新たに小説を書く意味が伝わってこない。斬新な切り口から得られるはずの知的興奮は皆無。登場人物の生き方に感動することもない。それゆえ盛り上がりに欠け、堅実無比のオーソドックスな技法でさえ二番煎じに思えてしまう。語彙的には難語も頻出するが、総じて読みやすい英語である。