ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Gary Shteyngart の “Super Sad True Love Story”(2)

 これは雑感(1)に書いたとおり、Michiko Kakutani が去年のベスト10に選んだ作品ということで取りかかった。選定理由は未読。ちなみに、Janet Maslin はまったくべつの10冊を選んでいるようなので、2人が相談してそれぞれお気に入りの本を分担したのかもしれない。
 ともあれ、本書は去年のメディア露出度ベスト10にも入る評判作だが(メディア露出度とは、主な文学賞の候補作や、ニューヨーク・タイムズ紙、タイム誌など英米のメディアに優秀作品として選ばれた回数)、あの Kakutani が選んでいなければパスしていたかもしれない。なにしろ、タイトルからしてラブコメか、と内容に見当がつくし、結末も見え見え。事実、ダサイ中年男が若い娘に恋をする。要はそれだけの話だ。
 それなのに本書がすぐれた作品たりえているのは、何と言ってもまず、「文体の力によるところが非常に大きい」。決して目新しいスタイルではないものの、とにかく「エネルギッシュ、にぎやかで饒舌な文体に圧倒される」。
 次に、近未来の世界を舞台にした一種のSFであることもミソ。ケータイやネットが普及してたしかに便利な世の中になったが、人間同士の直接的なふれあいは次第に失われつつあるかのようだ。この傾向を極度に推し進めた未来社会で中年男が若い娘に恋をする、という設定がとてもいい。これにより、「定番のコミカルな味」が紋切り型ではない深みを増している。
 それから、国家と文化の衰退に個人的な悲劇を重ねあわせている点も見逃せない。歴史の変動に個人の運命も左右されることは言うまでもないが、そういうマクロな視点から捉えた恋愛ドラマは歴史小説によく見受けられるものだ。これをSF仕立てにすることで、悲劇性という点でもやはり尋常ならざる感動が伝わってくる。前にも引用したが、'For me to fall in love with Eunice Park just as the world fell apart would be a tragedy beyond the Greeks.'(p.108) という中年男の言葉は、彼の主観に即したこの作品の本質を示しているように思う。