ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Winifred Holtby の “South Riding”(1)

 今年の2、3月ごろイギリスでベストセラーだった Winifred Holtby の遺作、"South Riding" (1936) をようやく読了。さっそくレビューを書いておこう。

South Riding

South Riding

South Riding (Virago Modern Classics)

South Riding (Virago Modern Classics)

[☆☆★★] 古き佳きイギリスの伝統的な価値観やモラルを基盤にした、おそらくイギリスの一般大衆にとって「元気が出る小説」。このテーマが見えてくるまでの展開が長大かつ迂遠で読み進むのに難渋したが、舞台は何しろ第二次大戦前のヨークシャー州の田舎町。小さなコミュニティにおける人間模様が、大方のイギリス人にはとても懐かしい原風景であるにちがいない。その模様は、女子高の校長として赴任し、学校の改革に情熱を燃やす中年の独身女サラを中心に描かれる。が、彼女がたぶん主人公だろうと想像はつくものの、終盤まで出番は周囲の人物とほぼ同じ回数で、女子高の理事の農場経営者や実業家、はたまた宿屋の夫婦、スラム街の一家、女子高の教師や生徒たちなどが交代で主役をつとめる。彼らは悩み苦しみ、歌を唄い、手を組み、対立する。その人生の悲喜こもごもが綴られるようすはローカル・ピースそのもので、おおむね日常茶飯の身辺雑事ばかり。終盤になってようやくドラマティックな展開が見られるものの、悠然たるペースは好みの分かれるところだろう。やがてサラは主人公らしくなり、挫折を乗りこえてりりしく生きようとすると同時にコミュニティの一員であることを強く自覚する。勇気、奉仕の精神、愛情、誠意。サラの人間的成長から読みとれるメッセージに、イギリスの読者は日ごろ忘れかけていた何かを思い出し、決意を新たにするのかもしれない。英語は古風で、現代の基準に照らせば語彙、構文ともに上級に属するものだが、決して難解というほどではない。