ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Strout の “Anything Is Possible”(1)

 きょうは Arundhati Roy の "The Ministry of Utmost Happiness" について駄文の続きを、と思っていたが、意外に早く、Elizabeth Strout の最新作、"Anything Is Possible" を読了。印象の薄れないうちにレビューを書いておこう。

Anything is Possible

Anything is Possible

[☆☆☆★★] "My Name Is Lucy Barton"(2016)の続編ないし補遺編。主な舞台は Lucy が生まれ育ったイリノイ州の田舎町で、町の住民をはじめ、彼女とかかわりのある人びとが次々に主役をつとめる連作短編集。書中の言葉を借りれば、「人間の悲しみの小さな瞬間」がテーマである。Lucy 自身をはじめ、本書に登場する人物は主役脇役を問わず、みないちように苦しんでいる。戦争体験や、残飯をあさるほどの極貧、夫や妻の不倫、両親の離婚、肉親の死など、さまざまな家庭の悲劇。「不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である」という『アンナ・カレーニナ』の冒頭の一文が思い出されるが、本書はむろん、あれほどの名作ではない。「小さな瞬間」にふさわしく人物のスケールが小さいのは現代文学の通弊として、入れ替わり立ち替わり、これほど家庭の不幸を聞かされ続けると、「みなそれぞれに」どころか、どの話も似たり寄ったり。初めは心にしみた苦しむ者同士の共感や和解さえもワンパターンに思える。後半の物語ほど、対立と和解という定型をやぶろうとした形跡が認められるが必ずしも成功していない。就中白眉は、救急車で運ばれながら、「どんなことでも可能だ」とつぶやく男の人生を描いた最後の "Gift" だろう。