ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Amos Oz の “A Tale of Love and Darkness”(1)

 イスラエルの作家 Amos Oz の自伝小説 "A Tale of Love and Darkness"(2002)を読了。原書はヘブライ語で、英訳の刊行は2004年。Wiki ではノンフィクション・ノヴェルに分類されている。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆★] まず驚くのは、超細密画にも比すべきディテールだ。どの人物、どの場面も尋常ならざる精密さで描きあげるこの情熱は、同時にまた、真実を正直に見つめる作家の良心の発露でもある。彼はまず人間の生きる姿をつぶさに観察する。子どもの素直な目と、おとなの冷静な目が混じっている。これにより、こっけいでハートウォーミング、悲しくて心にしみる人生の諸相がありのままに示される。そこに愛が流れているのはいうまでもないが、愛をかき消すかのような闇もある。ユダヤ人虐殺を叫ぶ暴徒のひしめく暗い通り。移住したエルサレムの家の暗い部屋。イスラエル独立戦争中、籠城をしいられた闇のなか。そしてなにより、若くして死んだ母の心の闇。ロシア革命勃発から中東戦争休戦にいたる民族と国家の歴史をたどり、その歴史に翻弄された祖父母にはじまる家族の歴史を綴りながら、また自分の幼年時代から青年時代をふりかえりながら、作家は赤裸々に本心を明かし、家族や隣人その他、ユダヤ人とアラブ人を問わず出会った人びとの実像を伝える。それは歴史の闇の向こうにある真実を発掘し、心の闇につつまれた内面の真実を検証する作業でもある。その作業は直線的ではなく、克明にしるされた起点となるエピソードに立ちかえりながら進む。進んだとき、当初のディテールの意味が氷解する。なるほど、あれはこの真実、この愛と闇を示すための布石だったのか。結末の闇の深さと、その闇が愛の闇でもあることに胸をえぐられる。トルストイの自伝三部作にも比すべき、いや、あれをもしのぎそうな傑作である。