予定より、というか予定どおり大幅に遅れたが、今年のブッカー賞有力候補作、 Alan Hollinghurst の "The Stranger's Child" をようやく読みおえた。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★] 重厚にして緻密な「歴史ゲイ小説」。最大の美点は、いくつもの物語が織りなす重層的な構造と、それぞれの物語を支える精緻をきわめた描写だろう。主な舞台はケンブリッジ郊外の町。百年近い歴史のなかで男と男、ときに男と女の恋愛感情がコミカルに、性的に、隠微に、はたまた快活に、さまざまな人物の視点から描かれる。当然、各人が交代で中心的な役割を果たすが、全篇の主役は第一次大戦で戦死した詩人セシル・ヴァランス。開幕から第三部まで、セシルの「男女関係」や、家族、ファンたちの恋愛模様が年代記ふうに綴られる。各部とも山場があり、けっこう盛り上がるが、つぎの部で時代と人物関係が一変。いくつか疑問点ものこり、すっきりしない。ただ、心理・情景の細密描写には耽美的な魅力がある。第四部以降でも時代はさらに進むが、内容そのものは遡及的で、それまでの主な登場人物とのインタビューや文献などを通じて、セシルの正体を解き明かそうとする試みがなされる。この過去の再構成、追体験のアイデアはべつに目新しくはないが、本書の重層構造の根幹をみごとに形成し、上の疑問もここで氷解。が、セシルの正体はじつは第一部ですでに明らかで、ゆえにそれを解明するプロセスにはミステリ的興味がない。そもそも、解明に値するほどの正体なのか。そう考えると、本書の「精緻をきわめた描写」は冗漫この上なく、長大な無駄ということになるが、耽美主義、芸術至上主義の立場からすれば秀作のゆえんなのかもしれない。