ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2012年上半期ぼくのベスト5

 今日でもう今年も半分経過。毎年のことだが、月日の流れがほんとに早くなった。この半年で読んだ本はたったの32冊。去年より2冊多いだけだ。でもまあ、4月には父が他界し、なかなか思うように本を読めなかった時期もあるので、去年と同じく、「宮仕えの身としては、まずまずがんばったほうだろう」と自己マンにひたるしかない。
 さて恒例のベスト5だが、☆4つ以上の点数をつけた作品がたまたま5冊あったので、これですんなり決定。ただし問題がないわけではなく、トルストイ現代文学と同列に扱っていいものかどうか。"Brodeck" が2009年の作品であることも気にかかる。そういえば3冊も英訳本だなあ…などと考えつつ、とにかくレビューを再録しておこう。あと半年、もっともっと読めますように!

The Death of Ivan Ilyich and Other STories (Vintage Classics)

The Death of Ivan Ilyich and Other STories (Vintage Classics)

  • 作者: Leo Tolstoy,Richard Pevear,Larissa Volokhonsky
  • 出版社/メーカー: Vintage
  • 発売日: 2010/10/05
  • メディア: ペーパーバック
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[☆☆☆☆★★] 月並みな感想だが、トルストイは偉大なるモラリストだったと思う。もとより聖人君子ではなく、おのが心中にひそむ巨大な悪と生涯闘いつづけた偉人という意味である。その激しい内なる闘い、道徳的煩悶の記録が本書にちりばめられている。それは現代人の感覚からすれば、驚きの連続でもある。Ivan Ilyich は、いまわの際まで人生いかに正しく生きるべきかと問いつづけ、"The Kreutzer Sonata" の Pozdnyshev は、生命なんぞ二の次三の次、禁欲を守るためには人類が滅亡してもかまわないと断言。"The Devil" の Evgeny は心の中の姦淫にもだえ苦しんだあげく破滅し、Sergius 神父は女への欲情に抗すべく、何と自分の指を切断する。彼らの煩悶は、いずれも心中のエゴイズムや道徳的欺瞞にすこぶる敏感な精神から生まれたものであり、その過敏さは過激なまでに厳しいモラリズム、そして猛烈な理想主義を意味している。これほどまでに徹底した理想主義を描いた小説は、世界の文学史上、数えるほどしかないだろう。一方、"The Forged Coupon" や "Alyosha the Pot" など軽妙な筆致の作品からは、そこで示された図式的とも思える人物像を通じてトルストイの理想が見えてくる。純粋な奉仕、自己犠牲、無私の精神である。それを実践すればするほど神の世界に近づくと感じたのが Sergius 神父であり、神父の最後にたどり着いた境地が「軽めの作品」のモチーフとも言えよう。ひるがえって、表題作をはじめ、人間の「内なる闘い、道徳的煩悶」を採りあげた作品のほうは、ストーリー性を度外視しているため決して読みやすくはない。が、何より「猛烈な理想主義」に圧倒される。その意味で文学的に深い名作である。ロシア語との対照はできないが、純粋に「英語で書かれた作品」として見ても、すぐれた英語ではないかと思われる。
The Marriage Plot

The Marriage Plot

[☆☆☆☆★] 作中人物の言葉をもじって言えば、「現代において結婚は小説の題材たりうるのか」。本書は、この問いにたいするみごとな答えである。と同時に、結婚が主要なテーマのひとつだった19世紀英文学の本歌取りでもあり、伝統的な小説作法を踏襲しながら現代文学の成果も盛りこみ、さまざまな現代の事象や風俗で味つけすることによって、結婚という古典的なテーマを鮮やかによみがえらせている。つまりこれは、古典と現代の融合という文学的な野心に満ちた作品なのである。主な舞台は80年代のアメリカ東部。名門ブラウン大学で英文学を専攻する女子学生が卒業式を迎えた日から物語は始まる。彼女に2人の男子学生がからむ三角関係と、その結婚をめぐる騒動。要するにそれだけの話なのに、これが無類におもしろい。文学や記号論、宗教、生物学など専門的な分野への脱線は知的昂奮をかきたて、3人と親や姉、友人たちとのふれあいはコミカルで笑いを誘い、心理を緻密に掘り下げたかと思うと、アクションはテンポよく活写。緩急自在の文体がすばらしい。どの細部も饒舌にして愉快な仕上がりで、その積み重ねがやがて主筋を盛り上げるという古典小説の伝統が息づく一方、同じエピソードを複数の人物の視点によって再構成しながら少しずつ物語を展開させるという現代文学の技法も功を奏している。主人公の文学研究が実際の小説として応用され、彼女と相手の男の人生が小説化されたもの、という点では現実と虚構の混淆さえ認められる。こうした華麗な文体と巧妙な技術が凡庸なテーマを支える本書は、まさに「小さな説」という小説の典型例である。英語は語彙・構文ともに現代の作品としてはかなりむずかしい部類に入ると思う。
The Free World

The Free World

The Free World

The Free World

[☆☆☆☆] 日本人にとって自由とは、今さら言うまでもなく空気のようなものだが、本書を読むと、自由の意味を改めて思い知らされて興味ぶかい。ブレジネフ時代の旧ソ連、ラトヴィアからユダヤ人の一家がイタリアへ。といっても、政治的自由を求めたり、迫害から逃れようとしたりしたわけではなく、移住の動機は不純かつ理不尽。金儲けや気ままな暮らしを望む息子たちが決心したものだから、共産党幹部の老父も恥をしのんで亡命せざるをえなくなる。が、当初の目的地アメリカ行きは頓挫し、ローマで足止めを食ってしまう。この宙ぶらりんで中途半端な自由、先行きの不安定な仮住まい生活こそ、じつは自由世界の実態なのではないかと思えるところがおもしろい。まず老父は過去から自由になることができない。将来の希望はなく、その胸には第二次大戦で戦死した弟の思い出など、過去の悲痛な体験がよみがえるだけで、とても切ない。プレイボーイの次男の物語には、自由と責任という定番のテーマが読みとれる。美女さえいれば能事足れり、という軽佻浮薄な次男が女とからむ場面は大いに楽しい。長男ともども不倫現場を押さえられるくだりなど抱腹絶倒ものだ。が、人生を甘く見た結果は当然厳しく、緊迫感だたようノワールな世界に突然放りこまれ、読んでいて息苦しくなる。その妻は再婚で、前夫との恋人時代に始まり、こちらも自由奔放な生き方と、その苦い代償の物語に思わず引きこまれる。良かれ悪しかれ悲喜こもごも、自由からはいろいろなドラマが生まれる。それが自由の危うさであり、おもしろさでもある。それゆえ自由には、「宙ぶらりんで中途半端…先行き不安定」という意味もある。本書は、自由に生きるむずかしさもふくめて、市民生活における自由の諸相を描いた点で特筆すべき作品である。英語は語彙的にはやや難易度が高めだが、総じて標準的なもので読みやすい。
Brodeck

Brodeck

[☆☆☆☆] 人間の内面にひそむ悪、狂気をアレゴリカルに描いた秀作。とりわけ終盤、非現実的な空想から恐怖の現実が生みだされるくだりに感服した。おそらくホロコーストがモデルだと思われるが、使い古されたテーマでも寓話形式であるだけに「新鮮な恐怖」を覚える。舞台はヨーロッパ、戦争の悲劇が起きた架空の国の架空の村。戦後、村を訪れた謎の男が宿屋で村人たちに殺されるという事件が発生し、主人公ブロデックが村長から事件報告書の作成を依頼される。ミステリアスでカフカ的な雰囲気の中で次第に事件の全容が明らかになるが、同時にブロデック自身の回想も進み、大衆ヒステリーを物語る虐殺事件や、地獄のような強制収容所の生活、生きるために犯した罪などが去来する。また、彼の不在中に村で起きた悲劇についても証人たちの口から語られる。過去と現在がみごとに交錯し、基本は一人称なのに語り手が流れるように交代するという話芸がすばらしい。が、何よりすぐれているのは、寓話を通じて戦争と人間の本質が端的に表現されている点である。戦争とは「人間の内面にひそむ悪」をさらけ出すものであり、それどころか戦争に関係なく、そもそも人間性は狂気をはらんでいる。何度も指摘されてきた事実ではあるが、この恐怖の寓話には思わずさむけを覚えてしまう。フランス語からの英訳ということで、英語はとても読みやすい。
The Greenhouse

The Greenhouse

  • 作者: Audur Ava Olafsdottir,Brian FitzGibbon
  • 出版社/メーカー: AmazonCrossing
  • 発売日: 2011/10/11
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[☆☆☆☆] みずみずしいタッチで描かれたシンボリックな自己発見の物語である。感服した。年老いた父と自閉症の弟をのこし、荒涼とした溶岩平原をひとり旅立つ青年。母親を交通事故で亡くしたばかりの心象風景だ。当初は旅の行き先も目的も不明だが、この設定も特に人生目標がなく、女と衝動的に関係し、生後半年の赤ん坊がいるものの未婚という青年の中途半端な状況とみごとに一致。やがて青年は南欧らしい村の修道院に住み、世界的に有名なバラ園の修復にとりかかるが、そこへ関係した女が赤ん坊を連れて現われ、奇妙な共同生活がはじまる。この仮住まいももちろん、自分の将来を決めかねている青年の心理をよく反映したものだ。以後の展開は定石どおりだが、とにかく終始一貫、清涼な空気を思わせるような透明感のある文体がすばらしく、それが描きだす微妙な心象風景にふと眺めいってしまう。とりわけ、ほほえましい光景には心がなごみ、最後、青年が丹精こめて育てた赤紫のバラが目にしみる。青年が自分の人生にコミットしようと決意を固めた一瞬である。みごとな幕切れだ。アイスランド語からの英訳で、英語はとても読みやすい。