ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Nathan Englander の “What We Talk about When We Talk about Anne Frank” (2)

 本書のタイトルを見て、ニヤっとしたファンも多いことだろう。明らかに Raymond Carver の "What We Talk About When We Talk About Love" のパクリないしオマージュだからだ。それゆえ、両書をくらべるのが順当な論じ方だとわかってはいるのだが、なにしろ Carver のほうはもう10年以上も前に読んだきりなので、世評どおり名作だなと思ったことくらいしか記憶にない。カーヴァーのファン、春樹ファンから座布団が飛んできそうですな。
 そこで昨日のレビューを総論とすれば、今日は各論ということで、印象にのこっている短編を拾ってみよう。まず第4話 "Peep Show" だが、これはニューヨークに住むユダヤ人弁護士が主人公。妻もいるのに、ある日、仕事帰りにふとノゾキショーを見物する。最初はもちろんカワイコちゃんが登場するのだが、やがて顔見知りのラビたち、妻や母親さえも出てくる。どう考えても非現実の世界だが、宗教から遠ざかっていた弁護士が人生の見直しを迫られていることだけは間違いない。
 第6話 "Camp Sundown" は、本書でいちばんインパクトのある物語かもしれない。ユダヤ人専用の夏のキャンプ場で責任者が老人たちに苦情を訴えられる。宿泊客の一人がナチス強制収容所の警備兵だったのではないか、というのだ。そんなアホなと責任者は取りあわないが、老人たちの確信はゆるぎようがなく……。ホロコーストの恐ろしい後日談である。この悪夢のような世界も非現実に接近している。
 第2話 "Sister Hills" はたぶん本書で最長の物語。1970年代初め、ヨルダンに近い人里離れた丘に住みついた2家族のあいだで、迷信を信じた形だけの子供の売買がおこなわれる。それから10年、20年とたつうちに女の妄執から緊張が高まり……最後は、え、と驚くような真実が明らかに。
 ネタばらしになるといけないので不得要領の紹介になってしまったが、以上の各論(?)と昨日のレビューを併読すれば、本書の雰囲気だけはつかめるものと思う。