ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Nancy Richler の “The Imposter Bride” (1)

 昨年のギラー賞最終候補作、Nancy Richler の "The Imposter Bride" を読了。惜しくも受賞は逃したものの、海外のファン投票では第1位に選ばれた作品である。ぼくが読んだのは、カナダの Harper Collins 社から出ているペイパーバック版だが、日本では現在、ハードカバーしか発売されていない。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] 親子の愛という凡庸なテーマが、じつは永遠のテーマでもあることを思い出させてくれる秀作。まずミステリアスな設定がいい。第二次大戦末、他人になりすまして戦禍を逃れたユダヤ人の女が戦後、カナダに移住して結婚。ところが、生後まもない娘をのこして失踪してしまう。女は何者なのか。なぜ幸福な生活を捨てたのか。この謎を皮切りに、半世紀近い大河ドラマがはじまる。人物の視点の変化、場面の転換、時代の交差がじつに鮮やかで、いろいろなストーリーが同時に並行して進む構成がみごと。どの人物もじっくり性格や心理、人生の軌跡などが書きこまれ、端役にいたるまで、書中の言葉を借りれば、複雑な「内面生活、すなわち魂」を有する存在として描かれている。これが重層的な展開と相まって物語に厚みを増し、娘が母親を思うくだりなど、書きようによってはお涙頂戴式になりがちなところ、本書の場合、素直に胸にひびいてくる。序盤の謎が解けるにつれ、深い悲しみと強い愛情が表裏一体となっていることも判明。逆説的にいえば、愛には悲しみが必要であり、不完全な要素があってこそ、愛ははじめて完全なものとなる。この苦い真実を痛感させてくれるがゆえに、本書における謎は、たんに奇をてらったものではなく、必然性のある謎なのである。