ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Nancy Richler の “The Imposter Bride” (2)

 諸般の事情で一日遅れになってしまったが、本書の落ち穂拾いをしておこう。
 まず、これはしばらく読めば、その後の粗筋と結末がどうなるか、だいたい予想がつくのではないだろうか。ひょっとしたら、おとといのレビューだけでピンとくるかもしれない。そういう意味では、本書は意外性のある小説ではない。
 だが、ぼくは読めば読むほど引きこまれてしまった。大きな流れとしては、ああ、やっぱりねと思いつつ、その語り口のうまさに舌を巻いてしまったのである。「鮮やかな人物の視点の変化、場面の転換、時代の交錯」、「じっくり書きこまれた性格や心理、人生の軌跡」。どれもこれもすばらしい。定石どおりの技法ではあるが、まことに緻密で重厚。「親子の愛という凡庸なテーマ」ながら、ここまでやるか、という仕上がりだ。その意味では、むしろ驚きの連続だったといってもいい。
 ぼくはある瞬間、メルヴィルの『白鯨』で、エイハブ船長が海の藻屑と消えさる前に発した言葉を思い出した。 'Oh, now I feel my topmost greatness lies in my topmost grief.' 「おお、いまこそ感じるぞ、おれの至上の偉大さは、おれの至上の悲しみにある」。(拙訳)
 むろん、あの壮大な悲劇と、この家庭小説 "The Imposter Bride" をくらべるのはとんだ筋違いなのだが、本書には明らかにこう思えるくだりがある。「逆説的にいえば、愛には悲しみが必要であり、不完全な要素があってこそ、愛は初めて完全なものとなる」。それがエイハブの言葉と、次元は異なるが重なるのだ。
 この逆説について説明することは、ぼくにはかなりつらい。思い当たるフシがある人もいるはずだ、とだけ述べておこう。
 ともあれ、さすが Shadow Giller に選ばれただけのことはある秀作です! 日本でも早くペイパーバック版を発売してほしいものですね。