ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Chinua Achebe の “Things Fall Apart”(2)

 ロンドン時間26日、ブッカー賞のロングリストが発表された。いつもながら現地ファンのヒートアップぶりには感心させられる。「あと6時間で発表だ。ワクワクしてる」「そうだ、そうだ」なんていうファンたちの声からして、日本でもアメリカでも、発表前からこれほど盛り上がる文学賞はほかに皆無だろう。
 ぼく自身は実際の顔ぶれを見て、ふたつの意味で安心した。まず、既報のように本命視されていた "The Colony"(☆☆☆☆)がめでたく入選したこと。それから、"The Love Songs of W.E.B. Du Bois" が落選したこと。なにしろ超大作なので、これをすぐに読むのはしんどいだろうな、と危惧していた。(でも、いつになったら読むんだろう)。
 さて有力馬だが、スタート直後から飛び出しているのは、上の "The Colony" のほか、"Maps of Our Spectacular Bodies",  "Small Things LIke These", "The Trees" といったところ。ぼくはこの3冊だけ注文した。宮仕えのころは候補作をぜんぶ読んだこともあったけど、いまや年金生活者なのでサイフのひもは締めざるをえない。
 それに、ブッカー賞候補作だからといって傑作ぞろいというわけではない、と経験的にわかっている。受賞作でも、たまに、なんだこりゃ、というのがあるくらい。だから近年は、現地ファンなみにコーフンするのはショートリストが発表されてから、と決めている。
 閑話休題。表題作は名作巡礼の一環で読んだ。「恥ずかしながら、いままで未読だった」。
 この「恥ずかしながら未読」という名作がぼくには多すぎて、英語では未読、どころか邦訳でさえ、というのも数えきれない。学生時代ならまだしも、あと何ヵ月かで古希を迎えるというのに、まったくなんてこった。こんな勉強不足は、これがほんとの「古代希なり」ってやつだろう。
 それでも、千里の道も一歩から、と今回もあきらめて本書に取りかかった。これ、ウワサにたがわず、名作です(☆☆☆☆★)。物語として面白く、かつ、文学的に深みがある、という(大ざっぱな定義だが)名作の条件をふたつともじゅうぶんに満たしている。ぼくにはめずらしく、一気呵成に読んでしまった。

 そのレビューは、これほどの名作なら、なにを書いても陳腐になるだろうな、と思いながらでっち上げた。だから、この落ち穂拾いも屋上屋を架すことになりそうだが、ひとつだけ。
「文化と宗教が『民族や国民に特有の生きかた』である以上、当然外部的には千差万別、さまざまな相違がある。ゆえに本来、それを優劣の観点から見るべきではないのだが、絶対神を仰ぐ一神教キリスト教は異教の信仰を禁じ、なかんずく土着の宗教を迷信誤謬として排斥してきた。絶対を信じるものほど強いものはない」。
 最近のロシアによるウクライナ侵攻でも、文化と宗教を「優劣の観点から見るべきではない」にもかかわらず、「絶対を信じるものほど強いものはない」という現実が生じている。「絶対を信じる」ロシアの「上から目線」が、ウクライナにおける 'Things fall apart' という状況をもたらしているわけだ。
 上に挙げた名作の条件のひとつ、「文学的に深みがある」とは一般によく使われる文言だが、その具体的な意味は、「時代を超えた不変の真理が描かれている」ことだと思う。「不変の真理」とは人間の本質のことだ。
 つまり今日の国際情勢にも当てはまるという点でも、本書は名作である。などと、これまた陳腐な感想をもってしまった。
 それにしても、上のレビューをでっち上げるにさいし、今回もエリオット先生のご出馬を願ってしまった。エリオットは、まさしく20世紀の巨人のひとりだった。勉強不足のぼくだが、青年時代にエリオットを読んでおいて、ほんとうによかった、とつくづく思う。

(下は、上の記事を書きながら聴いていたCD)