ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tash Aw の “Five Star Billionaire” (1)

 今年のブッカー賞候補作、Tash Aw の "Five Star Billionaire" を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 現代の上海版『虚栄の市』、いや「虚妄の市」というべきだろう。題名から連想されるようなサクセス・ストーリーではない。むろん億万長者は登場する。成功指南書が紹介され、著者も、指針を信じて日夜努力する女も顔を出す。が、その努力が実を結ぶことはついにない。一攫千金の夢を見て、マレーシアや中国の田舎からやってきた人びとの出身地、および上海での悪戦苦闘ぶりがつぎつぎに活写される。当初は無関係に思えた彼らがしだいに結びつき、打算と欲望が渦まき、厳しいビジネスの実態が表面化。ここはほんとうに共産国なのか。彼の地、彼の国の事情にうとい素人には驚嘆の連続であり、経済的にはまさに資本主義社会そのものだ。ひるがえって、この驚きの舞台がなければ、たとえば不動産売買をめぐる駆け引きなどは日常茶飯。マレーシア篇にしても、民族色豊かだからこそ読みがいのある物語となっている。それよりむしろ、本書の眼目は人間の絆にある。彼らのほとんどは財産や名声だけでなく、愛情を、心の友を求めている。台湾出身の有名歌手がスターの座から転落したあと、チャットで心の傷をいやし、上海郊外のカフェで入魂の歌を絶唱。華やかで活気に満ちた大都会に住む人びともいちように傷つき、そして孤独なのだ。愛も虚妄かもしれない。悲哀と絶望の色が濃くなる。と、そこへ射しこむかすかな希望の光。これまた定石どおりだが、各人の心の動きや心象風景の描写がすこぶる緻密で、上の舞台効果を超えて強く胸にひびいてくる。力作である。