ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Iris Murdoch の “The Bell”(2)

 雑感にも書いたとおり、これはぼくの青春時代で最も思い出ぶかい本である。しかも40年ぶりの再読ということで、読後は感無量……のはずだが、意外にそうでもなかった。
 まず、「最後のほうの展開も結末もかなり憶えている」はずだったのに、実際は、え、こんな話だったっけと驚き、かつ呆れることがたびたびあった。とりわけ、伝説の鐘と新しい鐘をめぐるハイライト・シーン、それから肝心の結末にいたっては、とんでもない記憶ちがいをしていたことが判明。いやはやまったく、思い出にふけりようもなかった。
 とはいえ、学生時代の夏休み、ここでスイッチが入り、そのまま徹夜で読み切ったんだな、という箇所はさすがに憶えていた。だから今回も、と思ったのだが残念、もう昔のような気力体力がない。仕事のことを考えると、徹夜なんてとても無理。毎度のことながら、年は取りたくないものです。
 そうなるとコマギレに読むしかなく、それが後半、ハイライト・シーンになだれ込むような展開とまるで合わない。これはやはり、昔のように一気呵成に読むのが最高に楽しい本である。そうそう、この後半の加速度的な展開についてはレビューでふれるべきだった。なんとか加筆してみよう。
 少しずつ読むことになったのは多忙、疲労、体力不足のせいもあるが、昔とちがって小説的技法を自分なりに分析したり、昔も考えたはずの本書のテーマ、とりわけ鐘の意味について、あれこれ思いをめぐらしたりしていたからでもある。それが多少なりとも本書を読む感興をそいでしまったことは否めない。
 そんなこんなで読了後、感無量とは行かなかった。ぼくは雑感にこう書いている。「40年前の夏休み、本書を読みおわったときのことは、今でもありありと憶えている。ちょうど友人のオートバイに同乗して足摺岬へ行く日の朝、徹夜して読み切ったのだ。そのあとぼくは、行きも帰りも後部座席でずっと昂奮状態のままだった。そんな経験をしたのは、あとにも先にもそのときしかない」。
 あのときの昂奮、あの日のぼく、あの夏休みを思い出すと、思い出はやはり、思い出のまま取っておくほうがいい、という気がしてくる。しかし "The Bell" は、死ぬまでにもう一度どうしても読んでおきたかった。なんだか昔の恋人と再会したような気分である。いけない、これはかみさんに読まれるとまずいかも。でも週刊誌ネタじゃなから、ま、いいだろう。
(写真は宇和島市赤松遊園地。小学校の遠足で定番の目的地。昔は海水浴を楽しんだものだが、今では海がよごれているという)。